筑波日本語研究 第三十号

2026年01月31日発行

佐野 陽菜・菅野 倫匡

静岡県東部方言,推量,確認要求,ラ,ダラ,ダロウ,ノダロウ

要旨

本稿では静岡県東部方言におけるダラについて用法面、形態面、統語面を取り上げ、ラなどの関連する他の形式との比較を中心に実際の調査に基づいて記述を試みた。まず、先行研究の挙げる〈推量〉の用法や〈確認要求〉の用法に加えて〈同意要求〉や〈疑いの疑問文〉の用法を持つことを確認した。次に〈推量〉の用法において動詞述語文や形容詞述語文ではラが共通語のダロウに相当し、ダラが共通語のノダロウに相当し、用法面でも形態面でも対立を成すのに対して名詞述語文や形容動詞述語文ではダラのみが適格となり、形態面の対立が中和することを確認した。また、〈確認要求〉などの用法においても動詞述語文や形容詞述語文ではラがダロウに相当し、ダラがノダロウに相当する対立を成す可能性を示唆した。最後に従属節内では用いられないことや終助詞と共に用いられにくいことを確認し、ンダラやナンダラについて更なる検討の余地があることを示した。

ディン・ティ・キム・クオン

名詞修飾節,主名詞の語彙的特性,日本語,ベトナム語,「という」,rằng

要旨

本稿では、日本語とベトナム語における命題的内容補充の名詞修飾節構造を対照して考察する。とくに、日本語の「考え」「意志」「意思」「決心」「決意」「決定」「仮説」「仮定」「想像」と、これらと意味的に対応するベトナム語の “ý nghĩ”, “ý chí”, “ý định”, “quyết tâm”, “quyết ý”, “giả định”, “giả thuyết”, “giả thiết”, “tưởng tượng” という思考性主名詞に着目し、両言語における語彙的特性と修飾節の形式的制約の関係を明らかにする。修飾節における形式的制約としては、① 修飾節における主語の出現可否、② 日本語の「という」とベトナム語のrằngによる補文標識の挿入可否、および ③ 時制の許容範囲の三点を中心に検討する。

ジョン・ソヨン

プライミング効果,意味拡大,外来語,新聞コーパス

要旨

時間的に先行して呈示された刺激が後続する刺激に対する判断に及ぼす影響を指す「プライミング効果」は、主に(認知)心理学、社会心理学で取り扱われ、近年ではメディアやマーケティング分野でもよく取り上げられている現象である。一般的には、後続刺激まで至る反応時間や認知の仕方が重要な要素として捉えられており、言語学分野においてはこれを踏まえて「音韻的・統合的プライミング」に関する様々な実験が行われている。しかし、本稿では先行刺激が後続刺激に影響を及ぼすという仕組みのみを取り入れ、外来語が日本語の体系に取り込まれてから起こる意味拡大の現象に適用して分析することを試みた。プライミング効果における各要素の設定としては、「外来語が出現する環境やよく共起する諸語彙」を先行刺激(プライム)、それにより「拡大される外来語の意味領域の結果」を後続刺激(ターゲット)として分析を行った。調査では新聞を対象とし、原義の意味概念から新聞の政治面においてよく出現すると思われる「インパクト」を取り上げ、政治面における意味拡大のふるまいを観察した。その後、プライミング効果を証明するため、生活面における意味拡大の方向性と比較を行った。その結果、新聞の政治面と生活面における外来語「インパクト」の意味拡大の方向性の相違点が明らかになったため、出現環境やよく共起する諸語彙が先行刺激として意味拡大に影響しているという結論を提示した。

趙 迅

オノマトペ,強調形,OCP,音韻レベル

要旨

日本語オノマトペにおける強調語形成は、二音節語幹の語形をベースとして行われるが、すべての二音節語幹ベースが同一タイプの強調形を形成できるわけではない。本稿では、これらの強調語形成における強調モーラの音声実現に着目し、以下の二点の問題に焦点を当てる。第一に、なぜ促音語尾の語形は強調形を形成できないのか。第二に、リ語尾の語形においては強調モーラの音声実現が相補分布(促音:撥音)を示す一方で、なぜ撥音語尾の語形および反復形では常に促音が実現するのか、という二点である。本稿では、前者については、促音語尾の強調語形成がOCP(Obligatory Contour Principle)によって阻止されるためであると主張し、後者については、強調モーラの音声実現が各語形における音韻レベル(phonological levels)の違いに起因することを示す。

加藤 咲子・泉 沙希・中尾 涼・佐藤 龍弥

中務内侍日記,藤原経子,中世前期,女流日記文学

要旨

本稿では、筑波大学附属図書館蔵『中務内侍乃日記』の一丁オモテから二十三丁ウラまでの翻刻について報告する。まず、第一節において、『中務内侍乃日記』の解題と、翻刻を行った資料の書誌とを説明する。続いて、第二節で凡例を示し、第三節に実際に翻刻を行った成果を掲載する。