筑波日本語研究 第二十五号

2021年01月15日発行

馮 元

並列表現,日中,カテゴリー性

要旨

名詞の並列表現において、日本語では、単に要素を並べるという列挙機能を持つものと、あるカテゴリーを前提とし、その要素を挙げることによってカテゴリーを暗示するという例示機能を持つものとがある。前者では「と」が用いられ、後者では「や」が用いられると考えられる。一方、中国語における名詞と名詞の並列表現としては、カテゴリーを前提とするかしないかにかかわらず、“和”という表現を用いることが可能である。即ち、“和”は列挙としても例示としても使用することが可能なのである。本稿では、日中並列表現の体系を提示した上で、話者がカテゴリー性をもとに対象を列挙するとき、日中両言語でいかなる相違が見られるかを明らかにした。

劉 玲・沈 涵

『異体字弁』,『字彙』,明刊本鹿角山房刻本,和刻本,部件

要旨

江戸時代において、中国明代の字書『字彙』(1615年刊)の影響下で成立した字書が多い。中には、異体字研究史上で早期の専著とされる『異体字弁』(1692年刊)の編纂の際に『字彙』を参照されたと指摘されたが、参照となったのは『字彙』の明刊本鹿角山房刻本なのか、その和刻本なのかが未だに疑問である。本稿では、字形上の相違特に同じ字の同じ部件の書き方に注目して、この問題について考えてみた。

実際、『異体字弁』収録字(5002字)のうちに明刊本鹿角山房刻本とそれを底本とした和刻本(三種)に共通して見られる字(2690字)について、字形上では、両者の間には相違を見ない字(2578字)がほとんどだが、明らかに相違が見られる字は112字も見つけた。その112字中に最も多く用いられる「木」という部件を含む字(「床」や「「様」など73字)とその次に多く用いられる「牛」という部件を含む字(「㸫」や「𦱒」など7字)の合わせて80字を拾いだし、縦画(「木」の二画目と「牛」の四画目)の書き方において如何なる異同、つまり「亅」のようにはねて書かれるか、それとも「|」のように書かれるかに注目して検討してみたところ、次のようなことがわかった。すなわち、「亅」と書かれる場合と「|」と書かれる場合における字例を見ると、『異体字弁』ではそれぞれ65字と15字で、和刻本ではそれぞれ74字と6字で、明刊本鹿角山房刻本ではそれぞれ0字と80字となっている。明らかに、『異体字弁』においては、和刻本と同様に「亅」と書かれる傾向を示しており、明刊本鹿角山房刻本に示している「|」と書かれる傾向とは異なっている。したがって、この二つの部件の縦画の書き方を見る限り、現段階では、『異体字弁』は明刊本鹿角山房刻本より和刻本を参照して成立した可能性が大きいのではないかと考える。

なお、本稿は『異体字弁』の成立について検討する際の一つの手がかりを示しただけでなく、このようにその成立事情を究明すること自体は、江戸時代ないし字書史における中日字書の交流に対して意味のある議論であると考える。

大塚 貴史

「いつも」,「常に」,「始まりの時点」の制約,例外の許容,「恒常性」

要旨

現代日本語の副詞「いつも」と「常に」について、先行研究では、事態が生起する期間の「始まりの時点」に制約があることが指摘されている。加えて、「いつも」は例外を許容することがあり、「常に」は「恒常性」を暗示すると指摘されている。しかし、いずれの指摘についても検討の余地がある上に、両者の意味との関係(現象の要因)も不明瞭のままである。これに対し、本稿では、「いつも」は生起時や生起回数を問わず、話し手による複数回の認識の中で同じ事態が確認されることを表し、「常に」はある事態が変化し得る如何なる条件下にあっても当該事態に変化がないことを表すということを明らかにし、先行研究の指摘がいずれもこれらの意味から説明可能であることを主張する。

蔡 嘉昱

漢語副詞,日中対照,時間的限定

要旨

本論文は、「点々」を調査対象に、中国語と日本語資料における用例を整理・比較することにより、意味・用法などの変化を考察する。調査した結果、「点々」は、日中両言語で異なる方向で変化していることが分かる。

中国語において、状態を表す形容詞用法が盛んになるにつれて副詞的用法が衰退している。一方、日本語において、「点々」は副詞として定着していく傾向が見られる。

孫 逸

日中対照,笑い,オノマトペ,使用実態

要旨

本稿は日中両言語における「笑い」に関するオノマトペを対照し、その特徴を明らかにするものである。本稿では日中コーパスから収集した用例を利用し、それらの使用実態を調査した上で、「擬音語」「擬態語」の分布特徴における日本語と中国語との相違を明らかにした。また、具体的な用法について、日本語における「笑い」に関するオノマトペは、「引用用法」と「するの後接用法」との相補分布が見られるのに対し、中国語における「笑い」に関するオノマトペが、「引用用法」は「擬音語」に限定されていると言える。また、中国語における「擬態語」の用法はオノマトペ自体の性質と後接語の多様性によって、“的”“地”との後接用法に集中していると考えられる。

趙 金昌

方向性移動動詞,存在表現,所在表現,来る

要旨

本稿は方向性移動動詞「来る」からなる「様態存在表現」と「様態所在表現」の使用実態に関して現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)を通して考察した。考察の結果として、以下の2点を明らかにした。まず、様態存在表現のうち、「Lに+NPが+来ている」と「Lから+NPが+来ている」の形式が多く使用されるのに対し、様態所在表現は「NPが+Lに+来ている」の一形式にかなり偏る傾向が明らかとなった。次に「来る」のガ格名詞句は有情物と無情物の両方を取ることができるが、様態存在表現「Lから+NPが+来ている」ではガ格名詞句に有情物が現れる傾向にあるのに対し、様態所在表現「NPが+Lに+来ている」では無情物が現れる傾向が見られる。「Lから+NPが+来ている」においてガ格名詞句に無情物が多く使用されるのは移動の対象と送り手(動作主)であるLとの一体性が認められるためである。一方、様態所在表現「NPが+Lに+来ている」において、ガ格名詞句に有情物が多く使用される。これは有情物の名詞句は指示的な名詞が多いため話題としてこの文型に入りやすい一方で、無情物の名詞句がこの文型に入るためには修飾語を用いる必要があるためだと考えられる。

ヌネス・コスタ・ハイッサ

テンス・アスペクト形式,翻訳,日葡対照

要旨

従来の日葡対照研究では、過去の結果継続性を表すテイタ形に関して、ブラジル・ポルトガル語では「estar (pretérito imperfeito) + particípio」という形式が用いられると指摘されている。しかし、「日葡対訳データベース」を通じて、テイタ形が「estar + particípio」に訳されない例外的なものも確認された。そこで、本稿では、このような例外的なテイタ形を扱い、ブラジル・ポルトガル語では、過去の結果継続性を表す上でどのような形式が使われるか述べる。また、翻訳規則を作成する際に、どのような情報が必要であるかについても触れる。

傅 梦菊

「がする」構文,複合名詞,動作性名詞,意味分類

要旨

本稿は日本語の「〜がする」構文に入る名詞について検討している。「する」には非常に多様な使い方があり、従来の研究においては「〜をする」に関するものが多く、「がする」を対象にする研究は非常に少ない。本稿はBCCWJを利用して「〜がする」構文に入る名詞を調べた上、これらの名詞の構造的・意味的な特徴について考察を行い、基準を立てて分類を試みた。このような分類を基に、今後は「〜がする」構文について検討することで、「する」研究の重要な一環を成すことに寄与したいと考える。