筑波日本語研究 第二十三号

2019年01月31日発行

田川 拓海

音形,項,ゼロ代名詞,削除,右方節点繰上げ(RNR)

要旨

生成統語論の研究において、日本語によく見られる音形を持たない名詞句(ゼロ代名詞)の項としての性質は、音形を持つ名詞句と基本的には変わらないと考えられてきた。それに対し本論文では、少なくとも1) 状態のタ節、2) 「-方」名詞句という独立した2つの文法環境においてゼロ代名詞は可能だが音形を伴った名詞句の出現が許されないケースがあることを示す。さらに、現代日本語(共通語)における右方節点繰上げ構文の基本的な特徴について記述・整理を行い、この環境におけるガ/ノ交替も音形の有無により容認度が異なる現象の1つである可能性を指摘する。

彭 玉全

複合助詞,「に関して」,「に対して」,誤用の原因,構文要素

要旨

本稿は、複合助詞「に関して」、「に対して」の誤用例を手がかりとして、「現代日本語書き言葉均衡コーパス」 から、用例をそれぞれ500例収集し、先行研究を踏まえて、「に関して」、「に対して」の意味・用法、構文要素との関連付けを考察し、この二つの複合助詞の誤用の原因を検討する。その誤用の原因については、中国語母語話者日本語学習者がこの二つの複合助詞の中国語訳語“关于”、“对于”に干渉されるためと思われ、“关于”と“对于”の使い分けも検討し、「に関して」と「に対して」の使用の方略を提案する。

馮 元

ナ形容詞,同形語,差異,対照研究

要旨

本稿は、日本語のナ形容詞である「主要」と、それに対応する同形中国語を考察対象とし、対照的に分析したものである。意味、機能、コロケーション情報という三つの角度から、両者の相違について分析を試みた。その結果、中国語の“主要”のほうが日本語の「主要」より表せる意味範疇が広いことがわかった。また、日本語の場合、連体修飾語として使われることが多いのに対し、中国語の方は連用修飾語として使われることが多い。コロケーション情報においても差異が見られた。

LIU Jian

Mongolian Pidgin Chinese, Japanese Pidgin Chinese, tense-aspect marker “you(有)”, typology of pidgin languages

Abstract

The existing research shows that the pidgin languages lack tense-aspect system prototypically. While Mongolian Pidgin Chinese and Japanese Pidgin Chinese deviates from the prototypical TA system. In the two pidgins, there does exist grammatical tense-aspect system which marked by the post-positional auxiliary verb taking the form of “you(有)”. This paper argues that the two pidgins should be regarded as a new type of pidgin language.

ピジン言語のタイポロジー-蒙中ピジンと日中ピジンにおけるテンス・アスペクトマーカー「有」を中心に-

劉 剣

モン中ピジン,日中ピジン,テンス・アスペクトマーカー「有」,ピジン言語のタイポロジー

要旨

従来のピジン研究では、ピジンが形態的なテンス・アスペクト体系を崩し、時間副詞を用いて文の時間表現を行う傾向があるとされてきた。それと異なり、日中ピジン(Japanese Pidgin Chinese)や蒙中ピジン(Mongolian Pidgin Chinese)は形態や時間副詞ではなく、「有」によってテンス・アスペクトをマークするシステムが存在することが確認された。また、600年を隔てた両ピジンが、共に「有」という形式をテンス・アスペクトマーカーに選択したことは注目に値する。以上の考察から、ピジンのテンス・アスペクトは、形態や時間副詞という表現手段以外に、文末マーカーを用いてマークするタイプもあるのではないかと考えられる。

大塚 貴史

国語辞典,教科書,「的」,語釈

要旨

小学生向けの学習国語辞典における「的」の語釈は、概ね「…のような」「…の状態にある」に相当する2つの意味を中心に構成されている。しかし、それは小学校用教科書に見られる「的」の傾向とは異なる。つまり現行の学習国語辞典は、少なくとも小学生が学習過程で目にすることが容易に想定される「的」の使用傾向を十分に反映したものにはなっていない。また、学習用という点に鑑み、小中学校用教科書に見られる「的」の意味に基づいて小学生向けの学習国語辞典における「的」の語釈を検討すると、それは「…に関わる」「…の状態にある」「…としての」に相当する3つの意味を中心に構成するのが妥当と言える。

落合 哉人

分析単位の規定,LINE,対人場面,ケータイメール,接続表現の使用傾向

要旨

本稿では、LINE上の言語使用を分析する際の単位に関して議論を行った。特に、「発話の分割」に着目して観察し、「発信の単位」「役割の単位」「話題の単位」という3つの単位を抽出した。また、議論を踏まえるケーススタディとしてLINE・対人場面・ケータイメールにおける接続表現を分析し、①先行する調査同様、LINEで接続詞の出現頻度が低いこと、②ケータイメールにおける接続詞の使用傾向にLINEと類似の特徴があること、③LINE・ケータイメールで接続助詞の相対的な増加が見られること、④直後に主節が続く従属節末の接続助詞では、各媒体で接続詞の使用傾向と類似の特徴を指摘できること、⑤直後に主節が続かない節末の接続助詞では媒体ごとに異なる使用傾向があることの5点を見た。さらに、特にLINEでは対他的な接続詞の使用に制約があることを考察した。

菊池 そのみ

「ての」,古代語,和文資料,連体化,連体修飾

要旨

本稿は古代語(上代日本語、中古日本語)における「ての(「活用語連用形+て+の+名詞」)の形式について用例を整理し、古代語における活用語の連体形による連体修飾との比較と現代語における「ての」の形式との比較とを実施し、以下の2点を明らかにした。まず、古代語における「ての」は時を表す副詞節(「AてのB」)となる場合に異なる2つの時点をつなぐ働きをするという点で活用語の連体形による連体修飾とは異なる時間関係を表す場合のあることを明らかにした。次に古代語と現代語との比較から現代語の「ての」には動作性名詞と非動作性名詞とがどちらも下接するのに対して古代語の「ての」には非動作性名詞のみが下接することを指摘した。更に「ての」による連体化には下接する名詞によって「連用修飾節の連体化」と「補文の連体化」との2つのタイプがあることを示し、これに照らすと現代語の「ての」は2つのタイプを持つのに対して古代語の「ての」は「補文の連体化」のみを持つことを明らかにした。

谷 文詩

日中翻訳,「内の関係」連体修飾節,翻訳パターン,プリエディット

要旨

本稿では、日本語の「内の関係」連体修飾節を中国語に訳す方法について、被修飾語の意味役割の面から、翻訳パターンの類型と使用条件を論じる。また、被修飾語と主節動詞との「従属の度合」と被修飾語と内の関係連体節動詞との「従属の度合」との差という視点により、各翻訳パターンで訳される日本語の「内の関係連体節+被修飾語」構文の特徴を分析する。更に、提出した翻訳パターンに基づき、機械翻訳で得られる訳文の品質を向上させるためのプリエディットルールの作成を試みる。

関口 雄基

自他対応,〈隠れる〉,〈隠す〉,有情物,無情物,意志性,コーパス

要旨

日本語の自動詞と他動詞の対応については、これまで多くの研究が蓄積されてきた。早津(1987)が指摘するように、対応する他動詞をもつ自動詞は、無情物を主語とすることが多く、また働きかけによって引き起こし得る無情物の変化を表すことが多いとされている。一方で、日本語の自動詞と他動詞の対には自動詞の主語に有情物を取り得る動詞が存在する。〈隠れる〉〈隠す〉の対もこうした自動詞と他動詞の対として挙げることができ、「顔が隠れる」のようにガ格名詞句に無情物を取る一方で「太郎が草むらに隠れる」のように有情物を取ることができる。〈隠れる〉という動詞のガ格名詞句は「(変化の)対象」と「動作主」の双方の解釈ができると考えられる。本稿では、自動詞〈隠れる〉と他動詞〈隠す〉について、それぞれガ格とヲ格にとる名詞をコーパスで調査し、両者の対応関係について記述的な分析を試みる。結論として、“何かの一部・一側面”を現す名詞のときは、二つの動詞が構文的に対応しやすく、逆に“感情”を表す名詞など非意図的に「隠れる」という状態になりにくい名詞は、他動詞のヲ格にのみ出現しやすいことを主張する。更に、〈隠れる〉/〈隠す〉場所を表すニ格とデ格の現れ方についても分析を行い、自動詞文においてニ格が有情物と、デ格が無情物と共起しやすいという傾向があることを示す。

文 昶允

複合語,前部要素,長音,外来語,短縮語,分節要素

要旨

複合外来語に由来する短縮語形には、語順から順に2モーラずつを切り取る規則的な語形に加え、第2モーラにある特殊モーラの代わりにその直後の自立モーラを組み込む変則的な語形が存在する。本研究では、変則的な語形の生起に影響する要因を明らかにするため、複合外来語の前部要素に長音を含む語に注目する。加えて、短縮現象に働くと考えられる2つの原則のうち、どちらの原則がより優先的に働くかによって短縮語形が決められることについて考察を進める。

劉 玲