筑波日本語研究 第二十二号

2018年01月31日発行

那須 昭夫

タイ節,音調変異,起伏化,新型音調,中和,活用形,拍数,有核文節,連用形,構造変化

要旨

「たい」を含む文節では前接動詞の音調がそのまま文節全体の音調として継承されるが、近年この規則性はゆれ始めており、「平板動詞+タイ」からなる文節が起伏式の音調で現れる変異が観察されるようになってきた。本研究ではこの変異の実態と機序を明らかにするために調査を実施し、変異の成否に影響する要因について考察した。その結果、タイ節での音調変異が形容詞アクセントの変化と性質の似た現象であること・前接動詞の拍数が増すほど変異が生じやすくなること・タイ節周辺に有核文節が存在することが変異を抑制する要因として働くこと・構造変化の大きな形式(-タクナル)では中和指向が鈍りやすい一方で、構造変化の小さな形式(-タクナイ)では中和への抵抗が弱く、より高い頻度で変異を来しやすいことを明らかにした。

張 昌・馬 小兵

話速,新情報密度,焦点情報,リスク回避

要旨

本稿はプロの通訳者と学生が話速の変動に直面する際に、どのような違いを見せたかを二つの面から観察した。まず、話者話速、新情報密度、通訳方式と訳出率との相関を確認したところ、話者話速はプロの通訳者と学生に与えた影響がほとんど同じであるのに対し、新情報密度においては、学生群が受けた影響がより大きいことがわかった。そして、訳出の内訳から見たところ、話速が上昇すると、焦点情報と非焦点情報の訳出状況、重み係数の異なった文の訳出状況において、学生のリスク回避能力がプロの通訳者より、著しく低下したことがわかった。

大塚 貴史

学習国語辞典,教科書,派生語,「的」

要旨

本稿は、小学生の学習国語辞典の使用実態調査を踏まえ、現行の学習国語辞典の課題について検討するものである。筆者らが事前に行った実態調査では、小学生が学習国語辞典を使用しても十分な理解が得られない言葉や、検索成功率が低い言葉の一端が明らかになっている。本稿では、第1にその要因について分析し、学習国語辞典における8つの課題を明らかにする。具体的には、まず、①語釈が不明瞭、②語釈から具体的なイメージが喚起されにくい、③語釈が網羅的でない、④例文が限定的、⑤例文の提示法や選定が不適切、といったことが原因で、学習者が言葉の意味を十分に理解できなくなることを指摘する。次に、⑥派生語の構造を理解できない、⑦誤読、⑧「あきま」の音を五十音配列に位置付けられない、といったことが原因で、学習国語辞典での検索成功率が低くなることを指摘する。第2に、学習国語辞典での検索成功率が特に低い派生語に関する問題を明らかにする。まず、現行の学習国語辞典では派生語の立項基準が曖昧であることを指摘する。次に、国語科教科書に出現する派生語には、語基と接尾辞を個別に検索することで当該の派生語の意味を適切に理解できるものとそうでないものがあることを指摘する。これらの点を踏まえ、語基と接尾辞を個別に検索して意味が理解できる派生語は立項の必要性が低く、反対に、個別の検索では意味を捉えられない派生語は立項の必要性が高いという考えを示す。

落合 哉人

フィラーの出現傾向,LINEテキストチャット,ブログ,「まあ」

要旨

本稿では、これまで中心的に検討がなされてこなかった文字で書かれる「フィラー」について、LINEと実際の会話、ブログ、実況動画の4つのデータを取り上げて調査及び分析を行った。その結果、電子媒体(LINE、ブログ)における「フィラー」の出現位置として、文頭・発話頭に偏る傾向があることや、一方で「フィラー」の担う役割・機能に着目した場合、LINEでは「対人関係に関わる機能」に、ブログでは「テクスト構成に関わる機能」に、それぞれ特化することが明らかになった。また、個別の語に対する考察として電子媒体で出現数が最も多い「まあ」を取り上げ、この語の頻出の背景に役割・機能の側面で汎用的であることや、話題をまとめ、それ以上展開させない性質を持つことがあることを論じた。本稿の検討からは、文字で書かれる「フィラー」も一様ではなく、出現環境と語の性質の双方について広く分析を行う必要があることが示唆される。

川島 拓馬

「つもりだ」,意志表現,近世語,近代語,否定形式

要旨

「つもりだ」は一般に意志を表す形式とされるが、話者の認識を表す〈思い込み〉や〈仮想〉といった用法も存在する。「つもりだ」確立期の近世後期における用例を調査すると〈意志〉だけでなく〈思い込み〉用法も既に見られ、現代語に見られる全ての用法が存在していると言える。しかし用法の点から詳しく見ると近世後期の段階では典型的な〈意志〉用法に偏っており、明治・大正期にかけて〈思い込み〉等の用法の比率が高まっていることが明らかとなった。従って、「つもりだ」における変化は意志表現専用化ではなく、寧ろ無意志表現への拡大であると捉えることができる。また、否定形である「つもりはない」は近世期には例がなく、「つもりだ」の成立から100年近く時代を下った20世紀初頭になって初めて見られるようになる。このことから、「つもり」は意志を表す名詞として機能しており、助動詞化の度合いは比較的小さいことが示唆される。

三好 伸芳

連体修飾節,制限的用法,非制限的用法,焦点

要旨

従来、日本語の連体修飾節において、不定名詞句は制限的な修飾を受けるとされている。しかし、被修飾名詞が制限的な解釈を受けるとされてきた環境には、連体修飾節内部の要素が焦点となっている〈節内焦点型〉と、連体修飾節の内部に焦点を持たない〈節外焦点型〉という、異なった意味的性質を持つ連体修飾節が存在すると考えられる。本稿ではこれらの連体修飾節を記述的に区別すると同時に、〈節外焦点型〉の連体修飾節が、原則として非制限的な解釈になると主張する。

劉 玲