筑波日本語研究 第二十一号

2017年02月23日発行

那須 昭夫

オノマトペ,語末促音,表記,促音形,無語尾形,F0動態,LH型音調

要旨

オノマトペの語末にあるとされる促音(いわゆる語末促音)の実体について音声知覚の側面から検討すべく,F0動態を段階的に加工した合成音声群を用いた知覚実験を行った。その結果,語末近傍に向かってF0値の上昇する音声ほど,語末促音含みの表記形式(促音形)に対応する音声として認識されやすいとの知覚実態が捉えられた。この結果を踏まえて,本稿では,促音形との関連づけが音韻としての促音に直接起因するものではないこと,促音形推認の手がかりとしてLH型の音調が寄与していること,および,いわゆる語末促音というものが,オノマトペによくあるプロソディ(LH型音調)を視覚化した表記上の実体であることを主張する。

宮城 信・伊集院 郁子・盧 妵鉉・文 智暎

日韓対照研究,大学生作文コーパス,文章ジャンル,文章表現力,文章論的研究,言語資源

要旨

本稿では日韓対照文章論的研究を促進させるための「日韓対照大学生作文コーパス」構築の構想を示す。本プロジェクトの眼目は、日韓対照研究に供される適切な資料の不足の解消にある。本プロジェクトで構築を目指すコーパスは順次一般公開され、研究者間での共有化を目指す。複数の文章ジャンル別に一定数を収集する等、量的質的に計画的に収集されるため、バランスの取れたものとなることが期待される。言語資源の共有化によって、結果の検証が行えない、第三者が異なる観点から分析することができない等の問題を解決することができる。さらに本稿では、日韓対照研究の課題を概観し、その展望を述べつつ、今後の研究計画について概説する。

大塚 貴史

「といえば」,「といったら」,条件表現,コーパス

要旨

本稿の目的は、「といえば」と「といったら」が有する用法ごとの使用頻度の差異、及びその要因の所在を明らかにすることにある。まず、コーパスから収集した実例を観察し、そこで用いられる「といえば」と「といったら」を、先行研究に倣って〈動詞句〉〈問答〉〈想起〉〈表現属性〉〈同語反復〉〈意味確認〉〈恒時条件〉〈感嘆〉の8つに分類する。その結果、この8つの用法、及びその下位分類に位置付けられる用法において、「といえば」と「といったら」の使用頻度に差が生じる様相を見る。次に、8つの用法の多くにおいて〈動詞句〉との意味的な関連がみとめられることを指摘する。最後に、条件表現「ば」と「たら」の特性を踏まえると、直接的には〈動詞句〉の「といえば」と「といったら」の使用頻度に関与するこの特性が、〈動詞句〉以外の用法における使用頻度の差異の要因とも考えられることを論じる。

川島 拓馬

文末名詞文,モーダル性,属性叙述,名詞文,動詞文

要旨

本稿では「文末名詞文」と呼ばれる構文について、文構造と分類の観点からその構文的位置づけを論じる。既に前稿で指摘した連体節の性質の差異という統語的な視点により、文末名詞文は大きく2つのタイプに分けることができる。一方、文末名詞文の分類については「名詞の自立性」「モーダル性」という2つの素性を立てて交差分類を行うことによって、全体的な体系を明示することが可能となる。こうした指摘を元に両者を統合し、文末名詞文の構造と類型が密接に関係することを示す。これにより、「文末名詞文」という構文の内実が複雑なものであること、そして構文の有する共通性が消極的なものに留まることが明らかとなる。

譙 俊凱

「テクレル」構文,モノの授与,受影者の変化,“给”構文,無標構文

要旨

本稿では、先行研究の問題点の解決に向けて、中日対訳コーパスから収集した1405例の「テクレル」構文を受影者の格によって分類し、「モノの授与」と「受影者の変化」といった基準を立て、各種の「テクレル:構文の意味特徴を明らかにし、必ず“给”構文に訳さなければならない条件、無標構文と“给”構文のいずれにも訳し得る条件、無標構文のみに訳す条件を明らかにする。それを踏まえ、「テクレル」構文の日中翻訳フローチャートを提案する。さらに、実例検証を通して、フローチャートの有効性を検証する。

ビタン・マダリナ

外来語サ変動詞,漢語動詞,和語複合サ変動詞,自動詞,他動詞,自他両用動詞

要旨

外来語の研究において、音韻論的な研究は盛んであるのに対し、文法的・形態的な研究は少なく、外来語の文法的な振る舞いに関する研究が必要であると感じられる。そこで、本稿では、外来語サ変動詞の自他の使用状況に関する計量的な分析を行い、似た構造を持っている漢語サ変動詞と和語複合サ変動詞に比べ、外来語サ変動詞には他動詞が多いことを指摘する。

三好 伸芳

意味論,名詞句,指示性,内包,外延,内包的文脈

要旨

名詞句は、用いられる文脈的環境によって意味論的に多様な解釈を持つことが知られている。本稿では、先行研究で取り上げられている意味論的に曖昧な文脈の分析に検討を加えたうえで、言語的な文脈を大きく「内包的文脈」と「外延的文脈」とに分ける。さらに、「指示的に不透明な文脈/指示的に透明な文脈」、名詞句の「帰属的用法/指示的用法」、知覚動詞構文の補部の解釈に見られる曖昧性は、いずれも名詞句の「内包性」が問題となっており、曖昧な解釈の一方が、同一対象指示による置き換えができない「内包的文脈」と見なせることを指摘する。以上のような議論を踏まえ、「内包」や「外延」といった概念が、固有名詞の連体修飾要素の文法的振る舞いを説明する上で重要な意味を持つことを示す。

劉 玲