筑波日本語研究 第二十号

2016年02月15日発行

那須 昭夫

オノマトペ,拡張反復形,単純反復形,接辞付加形,レベル順序づけ

要旨

本稿では,反復構造の末尾に接尾辞を伴ったオノマトペ(拡張反復形)の形態音韻派生について考察する。拡張反復形は従来,「バタバタ」のような単純反復形の派生的亜種と解されてきた。しかし,その言語的振る舞いは,形態・音韻・統語の各側面にわたって単純反復形とは対極的な特徴を示す。本稿では拡張反復形が接尾辞を伴ったオノマトペをベースに派生される形態であることを主張し(バタン>バタンバタン),その根拠となる言語事実を示す。加えて,拡張反復形の語形成とアクセント形成が「レベル順序づけ」のモデルを通じて適切に分析できることを論じる。

金 玉英

勧誘,敬語,主語,文末表現

要旨

本稿は、勧誘における文末表現「しよう」「しようか」「しないか」を考察対象とし、主語、敬語(謙譲語も含む)との共起関係を包括的に調査・分析したものである。単純に非文かどうかだけでなく、不自然の度合も見ることで、現代日本語の敬語の使われ方の特徴を明らかにする。そして、勧誘における文末表現の特性を探ることを試みる。

譙 俊凱

「テモラウ」,请,使役,恩恵利益,謙虚さ,日中翻訳

要旨

本稿では、日本語の「テモラウ」文と中国語の“请”構文の意味を分析して、両者の共通点と相違点を見出だす。両者の対応仮説を立て、実例で検証し、修正して日中翻訳の対応規則をまとめる。従来の先行研究では使役に主眼をおいて両者の対照を行うのに対し、本稿では、仕手への働きかけおよび恩恵利益が両者の対応に不可欠の要素であると主張する。なおかつ日中翻訳上、仕手に対する話し手の謙虚さも考慮に入れる。

ビタン・マダリナ

外来語,「〜する」の付加,動詞化

要旨

日本語において英語の動詞が借用される際,非派生形(辞書形)と派生形の「〜ing」形(gerund/verbal noun)の両形が借用される。両形は日本語では名詞として借用される。その後,日本語化の過程で「〜する」を付加することにより,動詞として使われるようになる。本論文では,原語(英語)と比較し,意味や品詞性の観点から動詞の辞書形と「〜ing」形の関係とそれらの語形と「〜する」付加という現象に関する制約・規則を提案する。結論としては,英語由来の外来語において,名詞性の強いものと動詞性の強いものがあり,名詞性の強い語は動詞化しにくいのに対し,動詞性の強い語は動詞化しやすい。そして,日本語母語話者において「〜ing」形は動詞らしく,行為,活動などの意味を持つ印象が強いと思われ,従って,日本語は英語からの借用語に「〜ing」接尾辞を結合し,新しい語を作り出す。このことから,日本語において「〜ing」接尾辞は生産性があると思われる。

馮 元

カテゴリー性,並列表現,「ト・ヤ」,「ヨウ」

要旨

並列助詞「と」と「や」の意味用法上の違いについては、既に様々な指摘がある。研究者によって異なるが、大きく分けると列挙性の観点から見た分析とカテゴリー性の観点から見た分析という、二つの方向性からの先行研究がある。本論文ではカテゴリー性の観点に立った上で、「よう」との共起関係から、カテゴリー性と並列表現の関連性を明らかにする。

本論文では、「よう」がカテゴリーの指標であることを説明した上で、並列助詞「と」「や」と「よう」の共起率を検証し、「や」と「よう」の共起率が高く、「と」と「よう」の共起率が低いということを明らかにした。これは、「や」がカテゴリー性を持っているため、カテゴリーの指標である「よう」と頻繁に共起しているのだと考えられる。また、共起表現を伴う場合、「よう」の有無により、文の意味が変わるかどうかを検証し、「と」と「や」の違いをさらに分析した。「よう」がない場合、「や」を使う文は変わらず例示の意味が読み取れるのに対し、「と」を使う文は例示の意味が読み取れなくなる。即ち、「よう」に頼らなくても「や」はそれ自体で「カテゴリーの例示」を表し、「カテゴリー性」を持っている一方、「と」は「要素の列挙」を表し、「カテゴリー性を」を持っていないと考えられる。

三好 伸芳

非飽和名詞,相対名詞,譲渡不可能名詞,名詞句の指示性

要旨

「非飽和名詞」という概念の有効性については、カキ料理構文などの関連する構文現象を中心にさまざまな議論がなされている。しかし、非飽和名詞それ自体の意味的な性質については、未だ不明確な部分が多い。本稿は、類似する名詞の分類概念との比較を通じて、非飽和名詞の意味的な性質の一端を明らかにしようとするものである。具体的には、所属語彙および意味的機能に顕著な類似性が見られる「相対名詞」との比較や、意味的な規定を要求するという点で類似し、先行研究によっては区別されないとこもある「譲渡不可能名詞」との比較を試みる。結論として、非飽和名詞は相対名詞よりも分類上広い範囲を指す概念であること、また、譲渡不可能名詞とは外延の有無という点では明確な区別が難しく、むしろ指示性の面で異なった振る舞いを見せることを示す。

文 昶允

必異原理,OCP,複合語,外来語,短縮語形成

要旨

必異原理(OCP)とは,「同一もしくは類似の言語特徴が並んで出現することを避けようとする現象であり,そのような状況が生じた場合に,一方が異なる特徴に変化する現象」である(窪薗 1999:123)。本研究は,OCP効果が働く現象として,複合語に由来する短縮語の形成過程を挙げ,素性レベルにおけるOCP違反について考察する。実例分析とともに語形成実験を通じて得られた結果は次の2点である。1つは,短縮語の形成において形態素境界部に同一素性がある場合,その同一組成の隣接を回避する語構造が形成されやすい点である。2つ目としては,素性層における違反箇所の多寡により,OCP違反を回避する程度に差が見られる点が挙げられる。

劉 玲