筑波日本語研究 第十九号

2015年01月15日発行

劉 健

二字漢語動詞,自他性,VNする

要旨

現代日本語における二字漢語動詞の研究が始まるのは、山田孝雄博士の『国語の中における漢語研究』まで遡ることができる。和語動詞研究に比べて、漢語動詞に対する研究はやや遅く、しかも漢語動詞の語構成に注目するもの大多数であり、その文法性質に関する研究が注目され始めたのは近年になってからのことである。しかし、中国人への日本語教育の観点からすると、中国語には日本語の漢語動詞と同型同義である語が多数存在するので、習得が難しく、誤用も起きやすい。本論文は現代日本語における漢語動詞の自他性を出発点として、漢語動詞の分布とその自他性の特徴を探っていきたい。

譙 俊凱

「身体部位テヤル」,身体の“給”構文,変化の結果,現実的な利益,恩恵的感情

要旨

本論文は日本語の「身体部位テヤル」構文と中国語の身体語彙を目的語とした“给”構文(身体の“给”構文を略称)の対応について、現実的な利益と恩恵的感情を手掛かりとして、分析を展開するものである。両者の対応が成立した理由に関しては、身体部位と持ち主の譲渡不可能の関係にあるのではなく、動作による身体部位の変化の結果が現実的な利益として動作の受け手に与えられるかどうかに関わっていると主張する。

馮 元

並列表現,日中対照研究,「ト・ヤ」,「カ」,“和”,“或”

要旨

並列表現は、日本語と中国語で頻繁に使用される言語表現の一つである。本稿で扱うのは、名詞句同士の並列に関する問題である。主に日本語の並列助詞「と」「や」「か」と中国語の並列接続詞“和”“或”を対象とする。中国語の“和”と日本語の「と」「や」の用法上の最も大きな相違点は、“和”が動詞・形容詞をつなぐことが出来るのに対し、「と」「や」が名詞をつなぐことしか出来ないという点である。そのため、本稿では、考察対象を“和”の前後が名詞の場合に限定する。また、“或”と「か」も前後が名詞の場合のみを考察対象とする。本稿では、それらの意味の異同を軸に論じていく。使用データとしては、先行研究と「中日対訳コーパス」の用例とする。

本稿の結果は、まず、日本語から中国語を見る場合、「と」も「や」も“和”と対応するが、中国語から日本語を見る場合、“和”が要素の列挙を表せば、「と」と対応し、カテゴリーの例示を表せば、「や」と対応するという点である。

次に、並列された各要素と述語や他の要素がどう結び付くのかという問題に関して、「か」と“或”は対応しているが、「と」「や」と“和”には重なる部分もあり、異なる部分もある。一般的には、“和”が「と」と対応し、「かつ」を表す。従って、「と」と「や」が「または」の意味を表す際は、“和”と対応しない。一方、“和”が二つの条件を満たせば、「または」を表すことができる。対立条件の場合「か」と対応し、選択条件の場合「と」と対応する。

劉 玲

 

大倉 浩

われわれ,われら,狂言詞章,虎寛本

要旨

自称代名詞(複数)「われわれ(我々)」は十六世紀の文献には現れているが、キリシタン資料でも用例は稀で、十七世紀前半の狂言台本でも用いられていない。十七世紀以降江戸時代の「われわれ」は、武家言葉とも指摘されるような特徴を持っているが、十八世紀の大蔵虎寛本には用いられており、以後の大蔵流狂言台本には用例が認められ狂言記拾遺にも関連する用例がある。虎寛本以降の狂言台本での「われわれ」の用法から、単なる当代語の混入ではなく、狂言詞章としての意識的な使用と考えられる。