筑波日本語研究 第十八号

2014年01月31日発行

坪井 美樹

抄物,聞き書き,商量,中世日本語,口語性

要旨

抄物資料の口語性を解明することを最終目的として、本稿では、川僧慧済の『人天眼目抄』から商量が加えられる実態例を取り上げ、まず、その『人天眼目抄』講義の実際を出来るだけ具体的に記述し、もって当時の抄物が成立する現場を再現する。然る後、『人天眼目抄』のような、師家(=講師)と学人(=聴講僧)との「問答」の記録を伴う禅書講義抄物が、口語性の強い文体が形成される基盤の一つとなったのではないかという考えを述べる。

石塚 直子

国語辞典,コーパス,品詞認定,複合名詞,サ変

要旨

本稿は、「子育て」「値下がり」のような「名詞+和語動詞連用形」型複合名詞の研究が、日本語学習の観点のみならず、国語辞典編集に対しても寄与するところを提示する。具体的には、現在の国語辞典における、「名詞+和語動詞連用形」型複合名詞の品詞認定(「名詞」あるいは「名詞・サ変」)のラベリングの用法がカバーできているかについて検討を行う。そして、品詞認定を適切に行うためにはコーパスを用いた実態調査が必須であることを確認し、その調査結果を基に、「名詞+和語動詞連用形」型複合名詞の「品詞認定モデル(「サ変」および「名詞」表示の目安)」を提案する。

李晶

授受表現,敬語表現,待遇表現,三語体系,多方面の授受表現,視点

要旨

本稿は授受表現と敬語表現を待遇表現の下位に位置付け、待遇表現システムにおける授受表現の成立・発達と敬語表現の歴史的変化との関連性を考える。具体的に(1)~(4)を考察した。

  1. [ヤル・クレル]という対立の成立は授受表現システム内部の問題であると考える。
  2. 授受表現の中でクレルが最も早く成立したのは丁寧語の発達の影響であり、モラウが授受表現として使われるようになったのは謙譲語Bの発達の影響に寄ることであると考える。
  3. 多方面の授受表現の成立は謙譲語Aの衰退が影響している。
  4. 授受表現の三語体系について、待遇表現システムの観点から説明する。日本語が古代から近代へ移り変わる過程で、待遇表現システムの優位性が変化した[敬意表明が優勢→恩恵関係表明・内外関係表明が優勢]。優位性の変化により、待遇表現システムの下位に属する敬語表現システムは尊敬語・謙譲語・丁寧語という三語体系を保ちつつ、自動調整しながら変化していく。そうした変化を補うかのように、授受表現システムが成立・発達し、三語体系で安定している。

劉 玲

 

永田 里美

児のそら寝,国語教育,古典,入門教材,学習指導要領

要旨

『宇治拾遺物語』巻一の十二所載の「児のそら寝」は高等学校古典教育入門者を対象として『国語総合』に数多く採択されている定番教材の一つである。その理由については容易な筋立てと内容の親しみやすさが挙げられ、実際の指導過程において実施したアンケートからも子どもの児に親しみを感ずると答えた高校生が多く見られた。しかしその一方で、児の心情解釈は滝にわたっており行き過ぎた解釈も散見された。その背景には現代の高校生と児の文化的価値観の異なりが横たわっていると考えられる。本稿では「食事描写」に関わる表現という観点から本文を分析し、当代の文化的背景を通して児の心情を把握する指導展開のあり方を提示する。