筑波日本語研究 第十一号

2006年12月26日発行

矢澤 真人

文法教育,国文典,三土忠造,数詞,形容動詞,活用

要旨

三土忠造『中等国文典』は,初版の『中等國文典』から『訂正中等國文典』・『再訂中等國文典』・『新訂中等國文典』と3度にわたる改訂が施されている。本論では,これらの改訂の書誌的来歴を明らかにするとともに,数詞の処理,活用に関わる用語,いわゆる形容動詞の扱いの3点に注目し,これらの扱いを他の国文典と比較していく。これにより,当時の文法教育の流れの中で本書が果たした先駆的な役割を示す。

宮城 信

達成量と同時量,ナガラ節,同時動作,完了的事態

要旨

本稿では,同時動作を表すナガラ節に現れる成分がどのような意味論的な制約によって生起に制限を受けるのかを考察する。同種の成分でも,ナガラ節の条件によって共起制限が異なる。また,アスペクト限定を行うとされるいくつかの成分にも,同時動作を表すナガラ節への生起可能性に異なりがある。この現象は,アスペクト限定法の違いの反映であると考えられる。以上を整理して,ナガラ節の意味論的制約に関して次のような点を指摘する。

① 達成量と解釈される数量的成分は同時動作のナガラ節に生起できない② ニ格句・マデ句は[過程]を持たない同時動作のナガラ節に生起できない③ 完了的事態に制限するはたらきを持つ副詞は同時動作のナガラ節に生起できない

任 利

かしら,かな,性差,度合い,通時的

要旨

従来の性差研究では、終助詞「かしら」はいわゆる「女性語」、終助詞「かな」はいわゆる「男性語」とされてきた。本稿では、明治以降現在までに発表された小説などの資料を調査し、終助詞「かしら」と「かな」における性差が通時的にどのように変化してきたかを検証する。

調査の結果から以下のことが明らかになった ①「かしら」は、明治期には男女ともに使用した。明治後期から昭和前期にかけてその女性性が強くなりつつある動きが見られる。昭和期以降は女性のみの使用となった ②「かな」は、明治から大正までは男性のみの使用であり、男性性の強い言語表現であった。昭和前期からは女性の使用例も見られ、その男性性が弱くなり、現在では男女ともに使用する中立的な言語表現である ③「かしら」は確かに現在でも女性性の強い言語表現として使われていることが確認されたが、その役割語的な機能が見られる 史的変遷の視点から見てみると、「かしら」と「かな」の≪女性性・男性性≫は常に固定的なものではなく、時代の流れに伴った変化が見られる。言語における性差表現を捉えるために導入した≪女性性・男性性≫という度合いの概念が、通時的にも通用する概念であることが改めて検証できた。

神永 正史

テアリ,タリ,動作動詞,変化動詞,進行読み

要旨

平安中期の動詞連用形に接続する「てあり」の示すアスペクト的意味は、細部では「たり」とは異なっている。具体的には動作動詞に接続する場合は「~(動作)して、そのままである/いる」の意味になり、上接する動詞によっては進行の読みに取れるものもある。一方変化動詞に接続する場合は「~(変化)して、ある/いる(留まる)」の意味の変化結果の状態を表す。このように平安中期の「てあり」と「たり」は、「てあり」が「たり」の異形態とみなされることの多い上代語の様相とはかなり異なっている。以上のようなてあり文のアスペクト的意味の特徴や連体修飾にみられる主名詞の制限などから、当時の「てあり」は「たり」とは構造的に異なったものである可能性が高い。