(キーワード)テンス、アスペクト、否定、「なんだ」、音便
01 否定の過去を表わす助動詞「なんだ」の出自は、いまなお、明らかにされて
はいないようである。
多くの場合、このような助動詞の成立に関しては、元となった語を示すとと
もに、それから新たな語形への形態変化の過程を示すことで説明されるのである
が、この「なんだ」については、「ぬ」系の否定の助動詞と過去の助動詞「た(
たり)」とに由来するといわれながらも、この語形を導き出すための、十分に説
得力のある道筋を提示しえていないのである。
02 本稿では、これまでのように「なんだ」という語形の成立を考えることはひ
とまずさしひかえ、この語がこの時期に出現し、さかんに用いられるようになっ
た背景から考えて見ようと思う。
具体的には、次のような推論を軸に、私見を述べていく。
@ 「たり」から「た」への変化は、意味的には「時」系列内の変化であるが
、構文的には、述部構成要素の「状態的アスペクト−否定−テンス」という相互
承接の上で、「否定」を越えることになったこと。
A @が実際に具現される「た(たり)」と「ず(ざり・ぬ)」との相互承接
において、否定の後にテンスが表現されるという構文感と、「ず(ざり)−たり
」のような連続は不自然であるという伝統的な(また、文語的な)連語感との間
に齟齬が生じたことが推測されること。
B 「なんだ」が中世末期から盛んに用いられるようになったのは、この語形
がAの齟齬から免れているからであろうということ。
日本語の「時」の表現にどのような文法的なカテゴリーを想定するかという
ことは、古典語・現代語ともに大きな問題の一つである。例えば、古典語の完了
の助動詞「つ」と「ぬ」の違いや、過去の助動詞「けり」と「き」の違いなど、
個々の語の意味に関わる問題から、「つ」「ぬ」と「たり」「り」とはアスペク
トのカテゴリー内で同様に扱えるかとか、古典語の「き」「けり」と現代語の「
た」とを同じテンスとして見なすかといった、「時」のカテゴリーに関わる問題
も少なくない。
このようなカテゴリーの問題が端的に現れるのが、古典語の助動詞「たり」
から現代語の助動詞「た」への変化をどう捉えるかという問題である(
注1
)。
中古語の「たり」は、基本的に、動きによって引き起こされた現状の表現と
捉えることができるだろう。「たり」が、そして「り」も状態的なアスペクト表
現と捉えられるのに対し、「つ」や「ぬ」は、おおよそ、出来事の実現に関わる
表現、つまり、イベント的なアスペクト表現と捉えられそうである。学校文法で
同じ「完了・存続の助動詞」とされているが、アスペクト表現としては状態的な
ものと出来事的なものとの二種類想定しておくほうがよいだろう。
一方、いわゆる「過去の助動詞」の方で、「た」を「き」「けり」とともに
テンスのカテゴリーに入れて考えるならば、「たり」から「た」への変化は、状
態的なアスペクトの表現の語がテンスの表現へ移行したことになる。こう捉える
と、「たり」の表していた状態的なアスペクト表現は、「あり」や「いる」のよ
うな動きの質的な側面を表す補助動詞の一部によって補完されているので、「た
り」から「た」への変化は、状態的アスペクト−テンスという文法的なカテゴリ
ーには変更がなく、単なる語彙の変化ということになる。
また、「き」や「けり」には、テンスの表現というよりも、むしろ、モーダ
ルな表現であるとみなす見解があるが、これに従うならば、「たり」から「た」
への変化は、日本語にテンスの専用形式を新たに加えたことになる。
さらに、現代語の「た」についても、過去というテンスを表す形式ではなく
、完了のアスペクトを表わすとみなす見解も出されている。これに従えば、「た
り」から「た」への変化は、状態的なアスペクトの表現から、出来事の成立に関
わるイベント的なアスペクト表現に移行したことになる。この場合、「き」「け
り」をテンスとすればテンスの専用形式が失われたことになるが、「たり」から
「た」の変化に関するかぎり、文法的なカテゴリーの増減は伴わないことになる
(
注2
)。
いま、最も一般的な解釈であると思われる最初の見解にそって考えてみよう
。「たり」の表す意味から「た」の表す意味への変化は、「時」に関わる表現内
の移動といえそうである。しかし、このような意味的な側面ばかりでなく、構文
的な側面に目を向けたらどうなるのだろうか。
この変化は、日本語においては、単なる「時」に関わる表現の変化というだ
けでは済まなかったことが推測されるのである。
日本語の述部の構成(いわゆる助動詞の相互承接)では、状態的なアスペク
トの表現(SA)とテンスの表現(T)との間に否定の表現(N)が入るのであ
り、否定の後に状態的なアスペクトの表現がきたり(N−SA)、テンスの表現
の後に否定の表現がくること(T−N)は、きわめてまれである。
具体的に、「たり」と「ず」、「けり」を例にとると、中古の用法において
は、「たらず」(SA−N)や「ざりけり」(N−T)、「たりけり」(SA−
T)はあるが、「ず+たり」(N−SA)や「けり+ず」(T−N)はほとんど
見あたらない。
源氏物語におけるこれらの語の相互承接を参考としてあげておこう。(
注3
)
| 下接上接 | たり | り | ず | ざり | ぬ | けり | き |
| たり | - | - | 11 | 3 | 17 | 112 | 162 |
| り | - | - | 4 | 2 | 2 | 73 | 108 |
| ず | 0 | 0 | - | - | - | 0 | 0 |
| ざり | 0 | 0 | - | - | - | 194 | 149 |
| ぬ | 0 | 0 | - | - | - | 0 | 0 |
| けり | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | - | - |
| き | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | - | - |
参考 ザリツ49/ニタリ176
「たり」が状態的なアスペクト表現からテンス表現に移行することは、否定
の表現「ず(ぬ・ざり)」を越えることになるのである。これを仮に「否定越え
」と呼んでおこう。
否定越えは、現代語の「た」がイベント的なアスペクト表現(EA)である
と見なす立場に立っても同様に生じることになる。「つ」や「ぬ」のすぐ後に否
定が続く形(EA−N)の「てぬ」「なぬ」のような例は極めて数少ない(
注4
)。「たり」が「た」の形で「つ」相当の表現に移行したとしたら、「た」
にも「ざりつ」にあたる表現(N−EA)が要請されることになり、否定越えが
生じる。
さて、このように、構文的な面からはN−Tという語順が要請されるのであ
るが、従来の語をそのまま用いると、「ず+たり(た)」という、従来の連語感
では不自然な承接が生じてしまう。N−Tという構文的な要請と「ず+たり(た
)」は不自然だという連語感との間に齟齬を来たしたことが推測されるのである
。特に、中近世の口頭語・文章語の状況を考えると、これは、口頭表現の構文感
と文章表現の連語感との齟齬、もしくは、前者にたいする後者の制約と見ること
もできるかも知れない。
「たり」が状態的なアスペクトの表現からテンスの表現に移行するによって
生じた「否定越え」は、それ以前の連語感を引きずっているかぎりにおいて、「
ず+た(たり)」という承接に不自然さをもたらすだろう。これが解消されるに
は、「た」が「たり」から解放されるか、否定に「ず」「ぬ」以外の形式が用い
られるかしなければならないことが推測される(
注5
)。とはいえ、すぐに「たり」との連続性が断ち切れるわけではないだろう
し、「ず」や「ぬ」と全く離れた形で否定を表現するわけにはいかないだろう。
ここで注目されるのが、室町期に出現した否定の過去を表す助動詞の「なん
だ」である。
「なんだ」の語の出自に付いては、種々の仮説が出されている。橋本1969や
吉田1971に紹介されているものをいくつかあげてみよう。
A にあった>なった>なんだ
B ぬあった>なった>なんだ
C ざった>なった>なんだ
D なかった>なった>なんだ
E なひ(なふ)た>なった>なんだ
F ぬなりたり>ぬなった>んなった>んなんだ>っなんだ>なんだ
G なひ(なふ)て>なんて
H ななて(なにて)>なで>なんで
これらの説明は、いずれも、同化や脱落、類推(「ぬあった」「なった」な
ど)といった形態変化を重視しており、例えば、国語学会編1951「第三編中世」
(浜田敦 執筆)では、B説の立場にたって次のような道筋をたてている。
或は、連体形「ぬ」が終止形を冒した結果、それと同形の連用形「ず」まで も「ぬ」と考えられ、「ずあった」が「ぬあった」「なった」となり、さらに促 音が上の「ぬ」の影響によつて撥音化して「なんだ」となつたものではないかと も考へられる。(pp145-146)
「ざった」や「なった」(注6)は、右の引用のように、「ずあった」→(
「ず:ずあった」「ぬ:x」の類推)「ぬあった」→([u]脱落)「なった」と
いう道筋か、C説のように「ざった」→(「ず:ざった」「ぬ:x」の類推)「
なった」という道筋で説明すれば良いであろう。
しかし、「なった>なんだ」という変化については、どうだろうか。A−F
の説では、ほぼ、促音が「ぬ」の影響によって撥音化したという説明がなされて
いる。「音便」に「撥音便」「促音便」があることからこの両者は近いといった
連想が働くのであろうが、実際には、「促音」から「撥音」へという変化は普通
にみられるものではないだろう。
たとえば、現代の若者言葉で「すごい」が「すげー」となり、さらにこれを
強調して「すんげー」とも「すっげー」ともいう。しかし、この「すっげー」「
すんげー」は、一方から他方へ変化したものではなく、それぞれ「すげー」の[
suge:][sunge:]という異形態からそれぞれ派生したものであろう。
「すんげー」[sungnge:]の撥音は、「すっげー」[sugge:]の[g
]を[ng]に変えてできたのではなく、[sunge:]の[ng]が添加されたの
だとみなすべきである。「すっげー」[sugge:]も[g]が添加されたも
のであろうが、こちらの方が促音が濁音の前にくるように、不安定な臨時の形と
考えられよう。
同様の例が、接頭語の「真」がついた形でも見られる。おおよそ、それに続
く子音によって、「真ったいら」「真っすぐ」「真っぴるま」のように促音が入
るものと、「真ん中」「真ん丸」のように撥音が入るものとに分かれてくる。「
あんまり」「みんな」「あんぐり」「おんぶ」などと「でっかい」「寝っころぶ
」「ぱっくり」「だっこ」なども同様に考えれる。
同化の場合も、「引き+曲げる」や「引き+かぶる」が「ひんまげる」や「
ひっかぶる」に、「ぶち+殴る」が「ぶんなぐる」、「ぶち+殺す」が「ぶっこ
ろす」となる。問題となるラ行音も、「解からない」>「わかんない」、「仮り
名」>「かんな」、「ありがとう」>「あんがと」、「有るの」>「あんの」、
「呉れない」>「くんない」などとなり、「苅りて」>「かって」、「反り+歯
」>「そっぱ」、「切り+先」>「きっさき」、「やるとするか」>「やっとす
っか」などとなる例がみられる。
「なった>なんだ」を提唱する場合、よく、「東」が「ひんがし」とも「ひ
つがし」ともなり、「ことだ」が「こった」「こんだ」、「ございます」が「ご
んす」「ごっす」などとなることが例証としてあげられることがあるが、これら
も、促音から撥音に変化したり、その逆がおこったとか考えるよりも、元の形か
ら個別に変化したものとみなす方が適当であろう。
このように、音便などでよく言われる「発音の便宜上」などという説明は、
「なった」>「なんだ」という変化については、全く当てはまらないし、類推に
よって説明しようにも、これまでのところ、何への類推なのか明確に示されてい
ない。ここで通常の方法による出自の説明は行き詰まってしまうのである。
このように見てくると、極めて感覚的な言い方であるが、この語は、真っ当
な形態変化による解釈を誘いながらも、結局、その出自を隠し続けているかのよ
うに思われるのである。「なんだ」の撥音は、あたかも、普通の音便によって生
じたかのように見える。しかし、それによって否定を表すらしい部分と過去を表
すらしい部分が密接に結びついていることが表される一方で、その連接のあり方
は覆われてしまっているのである。
元の語形からの尋常な形態変化という道筋が容易に立たないとすれば、この
語は、何らかの理由で、新たに作り出されたか、強引に形態を変化させたもので
ある可能性が強くなる。尋常な形態変化によって作り出された語形では不都合が
生じてしまったのであろう。
本稿では、このような状況をもたらしたのが「否定越え」であり、造語なり
強引な形態変化の動機付けとなったのが、先に述べた構文感と連語感との齟齬で
あると考えるのである。
では、「なんだ」とその他の語形とを比べてみよう。
まず、否定越えによって当然生じるのが、「ざり+た」の連接の促音便形の
「ざった」である。この語形は通常の音便であるために、容易に「ざりた(ざり
たり)」という形に戻すことができる。このため、問題となる齟齬から免れるこ
とができないのである。しかし、このような状況を解消する手だてがなされるま
ではこの語形を取るしかないのであり、時代的にも「なんだ」に先行している(
注6
)。
「なった」も「ざった」と並んで実際の文献に見られる形である(
注7
)。この形には、先に触れた「ざった>なった」という道筋をたてる見解と
、「ずあった>ぬあった>なった」という道筋をたてる見解のほかに、E説のよ
うに、上代の東国方言の「なふ」と結び付ける見解もある。実際に「なふ」を起
源とするどうかは別として、「なった」が「なふ」と結び付けられそうなのは、
否定を表す語として都合がよさそうである。しかし、類似の語形として「ざった
」が実際に存在している状況下では、むしろ、「ざった:ざりた」=「なった:
なりた」という推測が成立してしまい、「なり(なる)」という、「成る」との
衝突を起こしかねない語形が推測されてしまうのである。
「ざった」にしても、「なった」にしても、いわば、底が割れてしまう語形
なのである。
では、強引な形態変化によるとすれば、どのような形が推測されるであろう
か。
先に述べたような齟齬を解消するためには、否定を表すものと過去を表すも
のとが密接に結びついているように示す一方で、従来の「連語感」に抵触しない
、つまり、「ざり+た」の形から離れることが期待される。「た」の替わりに、
旧来の「けり」を用いることでこれを避けることは可能のようであるが、時流で
ある「た」を用いずに、過現未でいえば現在の語であるという意識も生じている
「けり」を用いるのは少々難があろう。とすれば、否定を「ず」系ではなく「ぬ
」系で表すことで免れることが考えられる。
一方、それがあたかも正当な「音変化」によって生み出されたかのように見
せかけることは、新しい語形がすんなり受け入れられるためにも必要であろう。
強い結びつきを示すとともに、元の形に復元・分解できそうな形にしておくとい
うことを考えると、「音便」と同じ形が選択されることは十分考えられるだろう
。
こう推測を重ねると、可能性の高いのは、「なった」のほか「ないた」「な
いだ」「なんだ」の形である。このうち、「ないだ」はこのような音便がガ行四
段動詞からしか作れないことから、すぐに底割れしてしまう。「ないた」は、「
なんだ」とならんで由来が複数想定できる音便形であり、「た」をそのまま保存
している点で都合がよいが、「為す」の過去の形と同形になり、未然形接続か連
用形接続かの違いがあっても、一段動詞の下では衝突してしまう。これに対し、
「なんだ」はこういう状況下で衝突するような語が他にない。「なんだ」の「ん
」が否定の「ぬ(ん)」と結び付けられたということも考えられよう(
注8
)。
むろん、これらは、他の語形が生じなかった理由としては説得力が弱いかも
しれない。しかし、「なんだ」が、否定越えによって生じた齟齬を解消し、「ざ
った」のあとを受けることができた理由としては十分であろう。
「なんだ」という語形がつくられ、勢力を増した背景には、このような、否
定越えとそれに伴う「ざりたり(ざりた)」という連接に対する抵抗感があった
だろうというのが、本稿で提示する試案である。しかし、推測のうえに推測を重
ねたもので、憶説の域を出ない。
日本語の時にかかわるカテゴリーをどうたてるかという問題(
注9
)、文語による口語表現の制約(両者の齟齬)といった問題(
注10
)、「つ」「ぬ」と「ず」の相互承接についての問題(
注11
)、吉田1971に示されている「ななて」語源説(H説)についての検討(
注12
)、さらに、否定−状態的アスペクトの表現とされる現代語の「ないでいる
」の取扱いや中国地方に残されている「ざった」の取扱いなど、十分に検討すべ
き問題や例証すべき事項は多々残されているが、多岐にわたるため、本稿では筋
となる考えを述べるにとどまった。
特に、延慶本平家物語の「候ワナムシニ」の例についての考察をぬきにして
は、本稿の仮説(といえるならば)は成立しない。四河入海などにみられる「見
ヘツ見ヘナンヅシテ」のような「つ」によるものも含めて早急に検討する必要が
ある。
いずれも、今後の課題としたい。
注1
本稿では「たり」から「た」への語形変化を問題にするのではない。動作
の進行や結果の状態など状態的なアスペクトを表していた語とそこから生じて過
去を表すようになった語をそれぞれ「たり」「た」で代表させただけである。従
って、「たり(たる)」の形でも過去を表したとか、「た」も連体節では結果の
状態を表すといったことはここでは問題にしていない。また、連体終止の一般化
や活用語尾の「る」の消失などといったことも直接には問題としない。
注2
現代語でイベント的なアスペクト表現の専用形式として、「てしまう」を
想定する見解もある。「つ」のいわゆる対抗的な完了表現も「ぬ」の逸走的な完
了表現も「てしまう」が表すとするのである。むろん、現代語の「てしまってい
る(ちゃってる)」は、必ずしも逸走的な表現に限られないとか、「ありつ」「
たりつ」「ざりつ」のような状態実現の表現は「てしまう」では表現できないと
か、「つ」「ぬ」はすぐ後に否定を伴う事はまれであるが、「てしまわない」は
、「今日の内に食べてしまわないと腐さっちゃうよ」のようにごく普通の表現で
ある、といった事もあって、まったく同様に扱う事はできない。
注3
おおよその検討をつけるためのものなので、『源氏物語大成索引編』の項
目の数を数えたものにすぎない。なお、参考に「ざりつ」「にたり」をあげてお
く。本索引には「つ」の項に「てたり」が4例あげられているが、いずれも「お
きつ」の例であり、これはとらない。また、「き」の項に「せぬ」として、「老
いせぬ」「朽ちせぬ」「絶えせぬ」「晴れせぬ」「古りせぬ」などがあげられて
いるが、これも「老いす」「古りす」などのサ変動詞とし、これもとらない。な
お、「けり+ず」は、万葉集に「けらず」の用例がある(「咲きにけらずや(開
来受屋)」巻六912、「折らえけらずや(所折家良受也)」巻八1457)ことが知
られているが、これは上代語から中古語への問題であるのでここでは扱わない。
「ずけり」についても同様。参考として、万葉集と枕草子の「ず」と「き」「け
り」「けむ」の連接をあげておく。
| ずき | ずけり | ずけむ | ざりき | ざりけり | ざりけむ | |
| 万葉集 | 0 | 11 | 2 | 9 | 0 | 0 |
| 枕草子 | 0 | 0 | 0 | 7 | 17 | 3 |
注4
「つ」「ぬ」に直接否定が伴った「てで」「てぬ」「なぬ」なども、わず
かに見られる(「離(か)れなで」古今集13、「世をやはつくしてぬ」後撰集95
、「やみやはしなぬ」後撰集787)。これについては、竹内1977(PP67-68)参
照。ただし、「たり」を仲介させた「にたらず」は、万葉集にも見られる(「死
ぬべくなりにたらずや」卷一八4080)。
注5
「た」が無活用助動詞となり活用語尾を喪失することや、関東方言のよう
に、否定の表現が「ない」に取って替わられるといった現象もこのような側面か
ら考えることができるかもしれない。
注6
また、中国地方を中心に「ず+たり」に由来すると考えられる「ざった」
という表現が用いられているが、本稿のような捉え方をすると、この方言は、「
それ以前の連語感」を引きずることなく、かの「齟齬」が小さかったからだろう
といった説明をすることになる。この点に関しては、まだ考察が不十分で、具体
的な材料を提示できない。
注7
柳田1974によると、『玉塵』に「左傳ノ談-義ニソレマデハイワレナツタソ
」(四七19ウ13)他、数例見られるという(PP390-393)。
注8
キリシタン資料、狂言記の「なんだ」の用法をあげておく。接続成分とな
るような連用形の用法は、この限りではみられないが、湯沢1936では、『難波丸
金鶏』から「コレ新松、嬶が居なんで淋しかつたか」という例をあげているが、
珍しいとしている。
| 総数 | 連用 | 終止 | 連体 | 已然 | 体言助詞 | ||
| 天草版平家物語 | 1592 | 149 | 0 | 68 | 14 | 31 | 36 |
| 天草版伊曽保物語 | 1593 | 27 | 0 | 9 | 4 | 9 | 5 |
| きのふはけふの物語 | 1615 | 5 | 0 | 5 | 0 | 0 | 0 |
| 狂言記 | 1660 | 34 | *8 | 22 | 4 | 0 | 0 |
| 続狂言記 | 1700 | 18 | 0 | 13 | 2 | 2 | 1 |
| 狂言記拾遺 | 1730 | 5 | 0 | 2 | 0 | 2 | 1 |
*狂言記の連用形の例は、いずれも「なんでござる」の例。
注9
例えば、アスペクトに関わる問題として、ほとんどの古語辞典で「たり」
「り」のほかに、補助動詞「ゐる」にも存続の意を認めているが、多くが、源氏
物語や徒然草などから「ゐたり」「ゐたまへり」といった例を出している。「見
る」など、上接動詞によって例を選んだのだろうが、「ゐる」が存続を表すとい
うのならば、それに下接する「たり」や「り」について補足すべきであろう。
注10
山口1974、松島1970等参照
注11
竹内美智子1984(pp20-25)参照。竹内は、連用形接続の助動詞を「Aグルー
プ」(「つ」「ぬ」「たり」「り」)と「Bグループ」(「けり」「き」)に分
け、中古以降、「つ」はAグループからBグループへ移動したと見なしている。
「ぬ」「たり」「つ」は「生起・進行し、継続し、完了し、結果が存在するなど
の、動作・作用の本質的なあらわれ方」(P21)を表すとし、「つ」のみがBグル
ープに移動したことについて次のような解釈をしている。
‥‥「つ」はAグループからBグループへ移動した。なぜ、「つ」にそれが 可能であったのか。その原因は、動作の展開過程を表す「ぬ→たり→つ」の中で 、「つ」がその過程のどの部分を分担する助動詞であったかということと関係が あるように思う。すなわち、「つ」は、「ぬ→たり→つ」という連接の順序から もわかるように、動作の展開過程の最後尾の部分をになう助動詞である。従って 、「つ」は、動作・作用の終結点での様態を表す筈である。それ故、「つ」はA グループからBグループへ移動しえたのである。そして、歴史的にさらに降って 、現代にまで目を移すと、このような変動は、「つ」と同じグループの「たり」 にもおこっている。「たり」を原型とする「た」は、口語において、完了(A) ・過去(B)両様の意味で使われている。「た」も「つ」と同じ理由で、同じ変 遷の経歴をたどったものと考えられる。(P24LL11-18)
「ぬ→たり→つ」という「連接の順序」をそのまま、生起・進行、継続、完
了・終結といった「動作の展開過程」と結び付けて考えるのは疑問であるが、い
わゆる上代語から中古語にかけて、「つ」による否定越えについて考察する必要
がある。
注12
注7に示したように、接続成分となる「なんで」の用法は、一般的ではな
い。否定接続の「で」「いで」「なで」から「なんだ」を直接導くことは、少々
疑問が残る。
伊藤慎悟1978『源氏物語の助動詞完了態用例の新研究(上)』風間書房
此島正年1973『国語助動詞の研究体系と歴史』桜楓社
国語学会編1951『国語の歴史改訂版』刀江書院
こまつひでお1975「音便機能考」『国語学』101
鈴木泰「『き』『けり』の意味とその学説史」『武蔵大学人文学会雑誌』第16
巻第34号
竹内美智子1977「助動詞(1)」『岩波講座日本語7文法U』岩波書店
竹内美智子1984「助動詞の分類」『研究資料日本文法第6巻助辞編(二)助動
詞』明治書院
坪井美樹1989「音脱落をめぐって考える−日本語史でのその役割−」『文芸言
語研究言語篇』16(筑波大学)
土井忠生1955『ロドリゲス日本大文典』三省堂
中西宇一1982「動詞性述語の史的展開(2)態・時」『講座日本語学2文法史
』明治書院
橋本進吉1969『助詞・助動詞の研究』岩波書店(pp344-345)
松島典雄1970「キリシタン資料にあらわれた『なんだ』『なかった』の口語訳
」『国語国文学』14(福井大学)
松村明編1969『古代語現代語助詞助動詞詳説』学燈社
森野宗明1984「助動詞」『国文学解釈と教材の研究』第24巻12号
柳田征司1974『詩学大成抄の国語学的研究研究篇』清文堂
山口明穂1976『中世国語における文語の研究』明治書院
湯沢幸吉郎1954『江戸言葉の研究』明治書院
湯沢幸吉郎1929『室町時代の言語研究』大岡山書店(再版1955『室町時代言語
の研究』風間書院)
湯沢幸吉郎1936『徳川時代言語の研究』刀江書店
吉田金彦1971『現代語助動詞の史的研究』明治書院
本稿は、1989年10月30日に筑波大学において開かれた「ことばをみつめる会
」において口頭発表した内容に手を加えたものである。この折に、参加された多
くの方から貴重なご意見を頂戴した。また、筑波大学大学院の高山知明氏には、
筆者の稚拙な議論におつきあい下さったばかりでなく、有益なご示唆を数多くお
寄せ下さった。ここでお礼を申し上げるとともに、筆者の不明により、各氏のお
教えを十分に生かせなかった点のあるところをお詫び申し上げる。