現代日本語を対象とした「辞典・辞書」と言えば、普通は、国語辞典や用字
用語辞典のような書籍版の辞典類を思い起こすだろう。最近は、これらをもとに
した電子化国語辞典がワープロ専用機に組み込まれたり、CD−ROMやFDで
供給されたりしている。さらに、パソコンで用いる日本語入力システム用の辞書
(FEP辞書
*1
)や日本語校正支援システム用の辞書など(まとめて「日本語処理辞書」と
呼んでおく)も、現代日本語を対象とした「辞典・辞書」類である
*2
。
自分で引くための書籍やCD−ROM版の国語辞典と機械が内部で処理する
ための日本語処理辞書とはかけ離れた存在のように見えるが、そこに含まれる情
報からすれば、さほど離れたものではない。国語辞典が、読みをインデックスと
し、それに表記情報と意味情報、文法情報(構文情報・形態情報)を添えている
とすれば、FEP辞書もまた、読みをインデックスとし、表記情報と文法情報を
添えているのである。読みに表記情報が添えられただけの用字用語辞典よりは、
FEP辞書の方が国語辞典に近いともいえるし、最近はいわゆるAI処理のため
、共起情報や名詞の意味素性などの意味的な情報もFEP辞書に取り込まれてき
た。校正支援システム用の辞書になると、常用漢字音訓表や仮名遣いなど、規範
化のための情報も加えられ、同音語の簡単な意味や用例を示す機能を持つものが
あるなど、ずっと書籍型の国語辞典に近づいている。現在は別々に存在するFE
P辞書と校正支援システム辞書も、今後は共通化が図られようし、そこにCD−
ROM版などの電子化国語辞典が取り込まれることも予測される。
このような利用者側における既成の国語辞典類と日本語処理辞書との融合は
、まだ先のことであろうが、より実際的に進行しているのが、辞書編纂における
両者の接近である。近年、印刷所の電子化もあって、既存の国語辞典類も編集の
OA化が急速に進められ、『広辞苑』や『大辞林』をはじめとして『岩波』『三
現』『21』『清水』など、続々と電子化された国語辞典が出された。昨年には
、小学館の『日本国語大辞典』のデータベース化もなされたという(鈴木1995)
。国語辞典の電子化されたデータは、同様に電子化された百科事典のデータや各
新聞社のデータベースや検索用シソーラス、さらには名簿や電話帳などの人名・
地名データなどとともに、新しい国語辞典やFEP辞書に利用されていく。書籍
型の国語辞典とFEP辞書とは、辞書資源の面から見れば、どんどん接近してい
るのである
*3
。
以下、本稿では、このような国語辞典と日本語処理辞書との辞書資源の共有
化を念頭に置いて、主として、国語辞典の側の記述に関わる問題を見ていこうと
思う。
国語辞典の主要な用途の一つが「字引き」であるところから、現在の国語辞
典は漢和辞典的要素が多分に取り入み、単漢字を扱う項目を本文に大きな活字で
組み込んだり、本文中に別表の形で掲載したりしている。巻末に付録として漢字
一覧を添えたものもある。
表@は、実際に、どのような漢字をどのように掲出しているか、音読の難し
い漢字と常用漢字外の第一水準漢字(「暢」)、第二水準漢字(「覯」)につい
て、何種類かの国語辞典を対照させたものである。
表@ 国語辞典単漢字項目対照表
| 辞書 | 字数 | 組込体裁 | 扱い | 範囲 | 配列 | JIS | 蛙 | 穂 | 咲 | 笑 | 熊 | 暢 | 覯 | その他 | |||||
| ア | かえる | スイ | ほ | ショウ | さく | ショウ | わらう | ユウ | くま | チョウ | コウ | ||||||||
| 清水 | ? | 本文 | 常・多用 | 音 | − | * | ○ | * | − | ○ | ○ | * | * | * | − | − | 人名・教育漢字表 | ||
| 集英 | 3500 | 本文 | 語 | 音 | ○ | ○ | * | ○ | * | ○ | ← | ○ | * | ○ | * | ○ | ○ | 一二表・部首一覧 | |
| 新明 | ? | 本文別表 | 語 | 音 | − | * | ○ | * | − | * | ○ | * | − | * | ○ | − | 部首索引 | ||
| 旺文 | 2400 | 本文 | 字 | 常・人・多 | 音 | − | * | ○ | * | − | * | ○ | * | − | * | ○ | − | 人名漢字表、画数索引・難読語一覧 | |
| 21 | >6000 | 本文別表 | 字 | 一・二 | 音訓 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | − | * | − | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | 部首別JIS漢字 |
| 大辞 | 3000 | 本文別表 | 語 | 多 | 音 | ○ | * | ○ | * | − | * | ○ | * | − | * | ○ | − | 常用漢字表 | |
| 日本 | 8600 | 本文 | 語 | 一・二 | ?音 | ○ | * | ○ | * | ○ | * | ○ | * | ○ | * | ○ | ○ | 画数音訓一覧 | |
| 岩波 | 2300 | 本文 | 字 | 音 | − | * | ○ | * | − | * | ○ | * | − | * | ○ | − | 総画索引・部首索引 | ||
| 角川 | 2400 | 本文 | 字 | 音 | − | * | ○ | * | − | ○ | ○ | * | ○ | * | ○ | ○ | 総画索引 | ||
| 福武 | ? | 本文 | 字 | ?音 | − | * | ○ | * | − | * | ○ | * | ○ | * | ○ | − | |||
| 新選 | 3097 | 付録 | 語 | 常・人・一 | 音訓 | → | ○ | ○ | ← | → | ○ | ○ | − | → | ○ | ○ | − | 総画索引 | |
| 例解 | 2751 | 付録 | 字 | 基・常・人 | 音訓 | ○ | − | − | ○ | − | − | ○ | ○ | − | ○ | − | ○ | ○ | |
字数 公称単漢字数
配列 代表的字音順/代表的音訓順
扱い 造語要素/漢字(凡例中での呼称)
JIS JIS漢字コード添付
* 一般項目(付録を除く)
範囲 掲載する漢字の範囲
その他 付録の表
←→ 参照
国語辞典において単漢字を扱う場合、二つの大きな立場の違いがある。
一つは、『岩波』が「はじめに」において、「漢字母を、その字音に基づい
て、本文中に排列した。これは、単に漢字辞典を国語辞典の中にまぜようとした
ものではない。元来、日本語の中には多数の漢語が含まれている。その漢語を構
成する単位としての漢字の働きを明確にする必要があると考えたからである。」
と述べるように、造語要素と見なす立場である。この立場からすると、漢語を構
成する可能性の高いものが優先して立項されるべきであり、ほとんど漢語を構成
しない「咲」や「熊」などは掲出する必要がなくなる。実際、『岩波』のほか、
『新明』や『大辞』などがこの立場から立項しているようである。
これに対して、常用漢字表やJIS第一水準・第二水準といった基準で、漢
字そのものの掲出を図るのが、『集英』『21』や『日本』などである。巻末に
漢字表としてまとめる『新選』も常用漢字表と人名用漢字別表を中心に選び、第
一水準すべてを見出しとしてあげたとあるのでこの立場からの立項と見なせる。
その他の国語辞典は、教育市場への配慮もあってか、この間で微妙なバラン
スを取ろうとしているようである。活字を大きくするのは、書きづらい漢字用の
「字引」のためだけでなく、中学・高校向けの配慮でもある。微妙なバランスの
崩れから、『福武』や常用漢字には書き順まで示す『旺文』で「咲」が立項漏れ
となるケアレスミスも生じている。
次に、単漢字をどのように掲出しているかであるが、これは表から実情が伺
えるであろう。多くの国語辞典が部首索引や画数索引を備えていると言っても、
「咲」を「ショウ」のみに立項するのは機械的であろうし、「蛙」や「熊」の字
音もそれほど一般的とはいえないだろう。『旺文』と『福武』はともに「熊」で
「熊掌」「熊肝」という熟語をあげるが、『旺文』が本文で立項するのは「熊掌
」のみ、『福武』はいずれも立項していない。
一方、FEP辞書の単漢字辞書の登録語数を表Aで示し、実際の登録例を表
Bに示す。FEP辞書には標準辞書のほかに、単漢字変換用の辞書を持つものも
あり、音訓・画数・、部首・コードのいずれからも引くことができる。特に、音
訓引きは様々な音訓から漢字が導かれるようになっており、「字引」としての実
力は国語辞典の比ではない。国語辞典には、「ワープロ時代に即応して、JIS
第二水準までの文字はすべて採録し、それぞれにJISコード(区点コード)を
付けました。」(『日本』「凡例」)と謳ったものもあるが、音訓が思いつくな
らば、FEP辞書でたいていの漢字は導き出せる。むしろ、どの音訓で当該の漢
字にたどりつけるのかもわかりにくい国語辞典に、コード番号を載せる意味があ
るか、きわめて疑わしい。『例解』は、第二版に際して、「漢字表に手入れを加
え、JISの文字コードを付けて、ワープロ・パソコン時代のニーズに応える。
」(『例解』「第二版に寄せて」)との工夫を加えたと述べている。たかだか2
800程度の漢字にコードを加えることが「工夫」になると考えること自体、国
語辞典が「ワープロ・パソコン時代」の実情を十分踏まていないことを露呈して
いる。単漢字項目立項の基準を第一水準・第二水準に求めることや漢字にコード
を付けることがワープロ・パソコン時代への対応ではない。日本語処理辞書がど
のような内容であるのかを踏まえ、そこで欠けた情報はどのようなものか、それ
は書籍型の辞書ではどのように提供できるのかを考えていくのが「ワープロ・パ
ソコン時代」に対応する辞書編纂であろう。
表A FEP辞書登録単漢字数
| 辞書 | 延べ漢字数 | 異なり漢字数 |
| WX3単漢字辞書 | 15040 | 6738 |
| WX3AI辞書 | 3336 | 2666 |
| VJE−D辞書 | 2680 | 2161 |
| ATOK9辞書 | 2984 | 2484 |
| ATOK9単漢字辞書 | 20612 | 6228 |
表B FEP辞書 登録単漢字例
| よみ | 単漢字 | 辞書 | 参考 |
| あ | 亜 | AT/WT | |
| つ | 亜 | AT/WT | つぐ |
| つぎ | 亜 | AT | つぎ |
| つぐ | 亜 | AT | つぐ |
| あ | 娃 | AT/WT | |
| あい | 娃 | AT/WT | |
| うつく | 娃 | AT/WT | うつくしい |
| い | 娃 | WT | 頴娃 |
| あ | 阿 | AT/WT | |
| お | 阿 | AT | 出雲の阿国 |
| おもね | 阿 | AT/WT | |
| くま | 阿 | AT | |
| あく | 阿 | WT | 阿久津? |
| あい | 哀 | AT/WT | |
| あわ | 哀 | AT/WT | |
| かな | 哀 | AT/WT | |
| がな | 哀 | AT/WT | 連濁用 |
FEP辞書では、「本」に「ほん」のほか、「ぽん」や「ぼん」といった連
濁による読みも登録されているのも国語辞典と異なるところである。これは、そ
の語句の生産性から考えると当然のことで、単漢字に限らず、和語や「会社」「
時計」「灯籠」などの二字漢語にも及んでいる。国語辞典では連濁した形態を独
立させて立項することは少ないが、「とき」と「どき」、「ところ」と「どころ
」のように、清音と濁音で名詞と接尾語といった機能分担が見られる語句につい
ては、両者を積極的に立項することも考えられよう。
もちろん、FEP辞書にも、不十分な点や未成熟な点はまだ多くある。例え
ば、「い」の読みで「娃」を導き、「あ」で「英」を導くのは、地名の「頴娃(
えい)」や「英虞(あご)」によるのであろうし、「あく」から「阿」を導くの
は「阿久根」や「阿久津」に引かれたものであろう。「頴娃」や「英虞」を登録
して、なおかつ単漢字で登録する必要があるのか検討する余地がある。以前ほど
、「あれば便利かもしれない」という理由でやみくもに登録語句を増やすことは
少なくなったようであるが、まだ、見えないことをいいことに胡散臭い語句や音
訓が紛れているようである
*4
。これは、おおもとの第一水準の漢字の音訓についても言える。「娃」が第
一水準に入るほどの漢字かは問わないとしても、一般に用いられる「あい」では
なく、「あ」という音で登録されているのである。「娃」の呉音については『大
字典』のように「ア」を立てるものと『大漢和辞典』のように「エ」を立てるも
のとがあるが、この音訓を用いた語句は地名を含めてまだ出会ったことがない。
次に、「連語」について見てみよう。
『三現』には品詞表示に連語と記されているものが全部で七九〇項目、『清
水』には、二四九項目ある。このうち、両者が共通して連語とするのは、一三六
項目に過ぎず、『三現』だけが連語とするもの六五四項目、『清水』だけが連語
とするもの一一三項目である。
これをア行の最初から他の辞典と対照させたのが次の表Cである(六種の辞書
のうち、一種のみが連語と認定し、あとの五種には立項されていないものは省い
た)。ア段のはじめから機械的に抜き出したものなのに、一つとして品詞・連語
の認定が一致するものがない。
表C 連語対照表
| よみ | 表記 | 三現 | 清水 | 三省 | 学研 | 例解 | 新選 | 集英 | A9 |
| ああいう | ああ言う | ○ | − | 連体 | − | 連体 | − | 連体 | ワ5 |
| あいいれない | 相容れない | 形 | ○ | 形 | ○ | > | ○ | ○ | 1+ |
| あいかわらず | 相変わらず | 副 | 副 | 副 | 副 | ○ | 副 | 副 | 副 |
| あいまって | 相俟って | ○ | ○ | > | ○ | 副 | ○ | ○ | 副 |
| あいもかわらぬ | 相も変わらぬ | ○ | − | ○ | − | − | 句 | ○ | − |
| あうんのこきゅう | 阿吽の呼吸 | ○ | > | 句 | > | > | > | > | − |
| あえず | 敢えず | − | − | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | − |
| あおいとり | 青い鳥 | ○ | − | 名 | 名 | 名 | > | 名 | − |
| あおくなる | 青くなる | ○ | − | − | − | − | ○ | ○ | − |
| あおによし | 青丹吉 | − | − | ○ | 枕 | − | 枕 | 枕 | − |
| あかくなる | 赤くなる | ○ | − | − | − | − | ○ | ○ | − |
| あかいはね | 赤い羽根 | ○ | − | 名 | − | > | > | 名 | − |
| あかず(の) | 開かず(の) | − | − | ○ | 連体 | ○ | ○ | − | 名 |
| あかず | 飽かず | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | 副 | 副 | カ5+ |
| あかのたにん | 赤の他人 | ○ | > | ○ | > | > | > | ○ | − |
| あきたつ | 秋立つ | − | ○ | ○ | − | − | − | − | タ5+ |
| あきたらない | 飽き足りない | ○ | − | ○ | ○ | > | 形 | ○ | 1 |
| あきのそら | 秋の空 | ○ | 名 | ○ | ○ | > | > | ○ | − |
| あきのななくさ | 秋の七草 | ○ | 名 | ○ | 名 | > | > | 名 | − |
| あくなき | 飽くなき | ○ | − | ○ | 連体 | 連体 | − | 連体 | 連体 |
| あくまでも | 飽くまで(も) | 副 | 副 | 副 | ○ | 副 | 副 | 副 | 副 |
| あげくのはて | 挙げ句の果て | ○ | > | 句 | ○ | > | > | > | − |
| あげず | 上げず | ○ | − | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | 1+ |
| あげぜんすえずん | 上げ膳据え膳 | ○ | 名 | 句 | 名 | > | 名 | > | − |
| あけて | 明けて | ○ | ○ | ○ | 副 | 副 | 副 | 副 | 1+ |
| あげて | 挙げて | 副 | ○ | ○ | ○ | 副 | ○ | − | − |
| おもいきや | 思いきや | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | 副 | 接続 |
| さることながら | さることながら | ○ | − | ○ | − | − | − | ○ | 接続 |
名:名詞 枕:枕詞 ○:連語 副:副詞 連体:連体詞 1:
一段
5:五段 接:接続詞 形:形容詞 >:小見出し・用例 −:
なし
連語は、その構成上名付けられた単位であり、構文的な機能について問題と
はしていないため、本来、品詞名の替わりのラベルとはなり得ない。実際、『三
現』で連語とされた語句をみても、「(行く)かい」「(一人)でも」「(行く
)だろう」のような附属語的なものから、「次に」「仮の」「(人に)させる」
「(人に)される」のような自立語的なもの、「どういたしまして」「これはし
たり」のように句として用いるのが普通のものまで、種々雑多な単位のものが含
まれている。また、その立項の基準についても、「(に)ついて」「(に)おい
て」「(に)際して」などはあるが、「(に)関して」「(に)よって」がない
など、組織的であるとは言い難い。連語は、事実上、登録語彙のゴミためになっ
てしまっているようである
*5
。
日本語処理辞書の場合、基本的にすべての単語に文法情報を与えられること
が期待される。連語という単位を仮に認めるにしても、節や句のようにそれを構
成する単語に分析することが適当ではないため、その構文機能はできるだけ辞書
の中で記述しておかねばならない。「憲法記念日」は複合名詞で、「こどもの日
」は連語といった『三現』の認定よりも、いずれも名詞とするほうが直感の上で
も勝るだろう。「黄色い声」や「その道」は名詞相当、「やってのける」「振ら
れる」は動詞相当、「やみがたい」「まごうかたない」は形容詞相当、「われる
よう」「利いた風」は形容動詞相当、「得も言われぬ」「待ちに待った」「秋立
つ」は連体詞相当、「憎からず」「飽かず」のような「ず」型のものや「何かに
つけて」「巡り巡って」は副詞相当、「話変わって」「何はともあれ」は接続詞
相当と言うように、それぞれ記述される必要がある
*6
。「な(さ)そう」も、「ない」に自立用法と付属用法があるように、形容
動詞相当連語と助動詞相当連語の二つにわけることができる。
先にあげたような語句は、語構成上は連語であっても、構文的には単語相当
であるため、比較的容易に処理できる。しかし、品詞と構文機能との対応が不一
致であるところから、品詞を基準に記述していったのでは処理に困ってしまうも
のも出てくる。
例えば、「敢えず」は動詞の後に付く点からすれば助動詞相当であるが、構
文的には副詞的な機能を果たしている。助動詞と認定されている「ず」もこの点
では全く同じであるが、これを助動詞相当連語とするのには少々勇気がいる。
さらに、「思いきや」や「さることながら」になると、いずれも文頭には用
いられず、それぞれ、「補文+と」「名詞句+も」という補部を必ず取る。国語
辞書で記述するならば、副詞相当連語とするのが無難な解釈のようであるが、意
味的には、接続詞相当とすることもできそうである。さらに、補部を取るところ
に注目すれば接続助詞相当と見なすこともできそうであるし、むしろ全体は副詞
句として機能すると考えて、助動詞「ず」や「敢えず」「(耐え)かねて」など
とともに形式副詞ないし副詞的接尾語として扱うこともできそうである。
国語辞典において、「洋品店を開店する」の「開店する」の自他には注意が
払われ、それぞれ自動なり他動なりのラベルが貼られるように、連語にも本来、
構文的な観点からのラベルが貼られることが望ましい。『集英』は、「編者のこ
とば」において、「品詞分類に工夫をこらし、語および連語の文法的性質を肌理
細かに示す。」という一項をあげ、積極的に従来の品詞の枠内で処理することを
試みている。「連語」として残ったものにも、「連用修飾で」とか「連体的に」
とかいった構文機能に関わる注記が付けてあるものも少なくない。今後、『集英
』の認定を参考にする辞典類も現れるだろうが、ただ真似るのではなく、より適
切な連語の分類を想定して試みるのであれば、日本語処理辞書との連携もよりス
ムースに行くと思われる。
以上、主として国語辞典の側の問題点を中心に触れてきたが、最後に、国語
辞書と日本語処理辞書との直接の接点である日本語文書校正システム辞書につい
て簡単に触れておく。
ここ数年の間に、日本語の文書校正システムが急速に商品開発され、それな
りに実用に耐えるレベルに達してきた。「である・です・だ」等の文体や仮名遣
い、「コンピュータ/コンピューター/(半角)」等の表記の揺れなどを統一す
る、常用漢字表や公文書等に準じた表記かどうかをチェックし、「捉える」を「
捕らえる」に直したり「捉(とら)える」「捉える」のように読みを自動的に振
ったりする、「見れる」「食べれる」のような「ら抜き」表現を自動的に探し出
して、「見られる」「食べられる」に訂正する、などといった多彩なチェック機
能を有するものも出ている。特に、同音語のチェックについては、はじめに触れ
たように、単に同音語を並べるだけでなく簡略な語義や用例を添えるようなもの
まである。次に示すのは、代表的なワープロソフトに標準装備された文書校正支
援システムの同音語候補の語釈である。
(1) MS WORD Ver.6搭載 文書チェック
感心 感服(例;感心な行為、あの少年は感心な子だ)
関心 興味、注目(例;政治への関心が高まる、無関心を装う)
感心 喜び(例;上司の歓心を買う、歓心を得る)
(2) 一太郎 Ver.6搭載 文書校正(「修太」)
感心 優れたものに接して心が強く動かされること。
「優れた出来映えに感心する」「正直で感心な少年」
関心 ある物事に心をひかれ、注意を向けること。=興味。
「政治に関心がある」「他人のことに無関心だ」「関心がない」
寒心 恐れや心配などによって心がぞっとすること。
「寒心に堪えない」「寒心すべき凶悪犯罪が多発している」
感心 相手のふるまいなどに対して、心からうれしく思う気持ち。
「上司の歓心を買う」「女性の歓心を得ようとする」
(1)は用語用例辞典風、(2)は国語辞典風であるが、いずれも、この日本語処
理辞書の編者や、収録した同音語のセット、語釈を加えた語数などは明示されて
いない。(2)の語釈はオリジナルな記述のようであり、収録語を数えてみると、
セット数や語数もほぼ書籍版の同音語辞典なみであることがわかる
*7
。
文書校正支援システムは、今後、いっそうの発展が期待される分野であり、
専用の辞書の構築のほか、既成の電子化国語辞典の利用、FEP辞書との共通化
ないし連携化も予想される。このような辞書資源の共有化に際しては、既存の辞
書ソースの取り扱いにいっそうの留意が求められるのであり、辞書編纂の姿勢も
より問われることになる。そのためにも、日本語処理用辞書全般について、まず
はそれぞれの開発部名や編集部名でまわないから、編者を明記すべきであろう。
誰の責任においてどのデータをどのように利用したのか、編者も明記せずに「本
製品に含まれるプログラムおよびデータは、著作権法によって保護されています
。××のデータを引用する場合には、必ず出典を明らかにしてください。例えば
、「○○『××』より引用」というようにしてください。」
*8
といった注記がなされるのは、きわめて不自然なことのように思われる。
国語辞典の中でも、『21』のように国語辞典からの脱皮を図ったものや『
学研』のように「ことばの辞典」であることに徹したもの、『集英』のように連
語の処理を試みたものや『例解』のように積極的に標準表記を示す方針を立てた
ものなど、それぞれ新たな局面を開こうとしている。しかし、全般的に国語辞典
のめざす方向は、漢和辞典を取り込み、さらに、類語辞典や表現辞典の取り込み
に入っているように、限られた紙面に本来の守備範囲外の情報を取り込むことに
向かっているようである。しかし、先に2-2で述べたように、国語辞典そのもの
で記述すべきことは十分行われているか、日本語処理辞書と併用されるオフィス
なり書斎なりで、国語辞典に要求されるものは何なのかを十分に意識し、検討し
て編纂された国語辞典はまだ少ないといえよう。なにより、国語辞典と日本語処
理辞書が、それぞれを踏まえて編纂されることが期待されるのである。
鈴木雄介1995「読書を変えるデジタル辞典」『本の窓』95年1月号(小学館)
紀田順一郎1990「コンピュータと漢字文化」『しにか』1990年5月号(大修館
書店)
見坊豪紀『日本語の用例採取法』(南雲堂)
西山里見他『辞書がこんなにおもしろくていいのか』(JICC)
野村雅昭1994『小型国語辞典の理想と現実』『月刊日本語論』2巻4号(山本
書房)
箭内敏夫1994『電脳辞書の国語学』(おうふう)
矢澤真人「電子国語辞典引き比べ」『月刊言語』
矢澤真人「『道具』としての国語辞典」『月刊日本語論』2巻4号(山本書房
)
*1
以降、日本語入力システムを「FEP(front-end processor)」と示すこと
にする。「日本語入力FEP」が正しいとか、最近の実行形式型のものは「(日
本語)IME(Input Method Editor)」というべきだとか、しばしば議論の種に
なるが、語源や専門家の間ではともあれ、一般に「FEPといえば日本語入力F
EPを指す」という用法(『日経パソコン新語辞典95年版』『辞林21』など
)に従う。
*2
以下、主として取り上げる国語辞典、FEP辞書等の略称を示す。
書籍版国語辞典
『岩波』;『岩波国語辞典』第五版(岩波書店)
『旺文』;『旺文社国語辞典』改訂新版(旺文社)
『学研』;『学研現代新国語辞典』(学習研究社)
『角川』;『角川新国語辞典』(角川書店)
『三省』;『三省堂国語辞典』第四版(三省堂)
『清水』;『清水新国語辞典』(清水書院)
『集英』;『集英社国語辞典』(集英社)
『新選』;『新選国語辞典』第七版(小学館)
『新明』;『新明解国語辞典』第四版(三省堂)
『大辞』;『大辞林』(三省堂)
『21』;『辞林21』(三省堂)
『日本』;『日本語大辞典』(講談社)
『福武』;『福武国語辞典』(ベネッセ)
『例解』;『現代国語例解辞典』第二版(小学館)
CD−ROM・FD版国語辞典
『三現』;「三省堂現代国語辞典」『三省堂ワードハンター−マルチROM
辞典−』
『光』;『光の辞典』(テグレット技術開発);『清水』の電子化版
『辞ス』;『学研統合電子辞典 辞スパVer.3.0 国語・漢和』(学習研究
社)FEP辞書
「A9」;ATOK9標準辞書(ATOK9.DIC 141312 95-01-12 12:00;ジャストシ
ステム)
「AT」;ATOK9単漢字辞書(ATOK9TKJ.DIC 140800 95-01-12 12:00;ジャ
ストシステム)
「VD」;VJE-Delta for WINDOWS基本辞書(VJEDDWM.DIC 2334720 94-04-20
0:00;バックス)
「W3」;WX3標準辞書(WX3AI.DIC 3096576095-01-11 3:00;エー・アイ・
ソフト)
「WT」;WX3単漢字辞書(WX3TX.DIC 62464 95-01-11 3:00;エー・アイ・
ソフト)
日本語校正支援用辞書
「修太」;「修太」日本語校正用辞書(JSYUTA.DIC 2786048 95-01-12 12:00
;ジャストシステム)
*3
もちろん、辞書資源の上ではそうであると言っても、用途の差異に応じた
、情報の優先順位や記述の方法に違いがあるのは当然であるし、歴史の浅いFE
P辞書には、まだまだ辞書編纂の姿勢に問題がある(紀田1990、箭内1994など参
照)。さすがに、従来の辞典を電子化したものの多くは編者を明記しているが、
『辞ス』のように、国語辞典の編者を示さないものも見られる(漢和辞典のほう
はソースを同社の『漢字源』に求めたことが明記されている)。この国語辞典の
語釈は、「学研電子国語辞典」にのっとるというが、語釈を対比してみると、も
ともとは『学研国語大辞典』の語釈の抄録である。「辞書編集部編」なり「情報
処理開発事業部編」なりでも、編者が明記されることがのぞましい。辞書出版社
も、電子辞書に関する限り辞書編纂の姿勢は甘くなってしまうようである。
*4
FEP辞書の登録語彙・音訓については、箭内1994参照。
*5
参考のため、『三現』と『清水』の「連語」の定義を示しておく。
『三現』 れんご【連語】《国》〈名〉[文法で]二つ以上の単語が結びつ
いて、一つ の内容をあらわすもの。複合語より結びつき方が弱く、結合によっ
て音が変化したりしない。「桜の花」「ものの道理」など。
『清水』 れんご【連語】[名](1)二つ以上の単語が結びついて一つの単語
となったもの 複合語山道など(2)二つ以上の単語が結びついて文構成上の一成分
となるもの。文法上句・節などもこれにふくまれる。「世の中」「あたらない」
など。
他の辞書類も大同小異である。
*6
実際のFEP辞書では必ずしもここまでしていない。表面的な表記を得る
だけならば、「ああ言う」は「ああ+言う」と分析して処理すればよいからであ
る。しかし、文書校正支援ソフト用辞書やより進んだAI型FEP辞書では、意
味情報の処理が必須になる。実際、以下に述べる「思いきや」や「さることなが
ら」などは、ある日本語処理辞書の作成中に問題とされたものである。「連語」
といった通り一遍の記述ですまさず、構文的観点からまともに立ち向かおうとし
た辞書チームの意気には敬意を表したい。
*7
大隈秀夫編著『同音同訓漢字用例辞典』(ぎょうせい;平成4年)では、
638セット1433語。「修太」では、508セット1284語。
*8
学研統合電子辞書『辞スパ』「操作説明書」p198より一部引用。