矢澤真人;2003/03/14
明治から昭和前期にかけて出された文法教科書(文典)をいくつか紹介します。
代表的な文典でないものも含まれています。
教科書は、版により内容が変わることが少なくありません。
他の版や他の文典との比較・検討が不十分なものもありますので、「解説」は、あくまで参考程度とお考えください。
(表紙のサムネイルはクリックすると拡大します)
| 田中義廉 『小学日本文典』 |
明治7年 | ![]() |
代表的な翻訳文典の一つ。活用など、国学流の文法論を応用したところもあるが、多くは西洋文法のカテゴリーを日本語に当てはめている。(→詳細) |
| 中根淑 『日本文典』 |
明治9年 | ![]() |
代表的な翻訳文典の一つ。日本語への適応が進められている。(→詳細) |
| 中根淑 『日本小文典』 |
明治9年 | ![]() |
『日本文典』の抄録版。上巻21丁、下巻25丁。「叙」に、刊行の由来を次のように述べる。 「余嚮に日本文典を著し、吾が国の文法を論ず、中に就きて疑難ある者は、従ふて之を論弁す、その説未必しも疵瑕無くんばあらずと雖、幸に時人の棄つる所と為らず、以世に行はるヽ事を得、然れ共書中議論甚多く、之に加ふるに、例文概古書に由るを以、初学の徒、或は其の解し易からざるを憂ふる者あり、是を以今余特に其の煩なる者を棄て、其の簡なる者を収め、且今時郷校用ふる所の書類に就きて、其の例文を採り、務めて其の義をして、会得し易からしむ、書成る、分ちて二巻となし、之を名けて日本小文典と云ふ、小学童生先此の書に由り、文法の大綱を領し、而後、其の細目を求めば、豈解し難きの文法あらんや、明治九年七月 中根淑識す」 |
| 中等学科教授法研究会 『教程日本文典』 |
明治30年 | ![]() |
音韻から文章までの内容を全33丁に納めたコンパクトな文典。「編纂の趣旨」に、「蓋し、在来の教科書は、その説述、周密に過ぎて、生徒の思考を錬磨するの余地無く、随て、其知識は、自ら記誦の末に趨るの弊あり、又、一方には、教師教授の妙用を施すの余裕なくして、自ら、枯燥無味の教授に陥るの弊あり。」と述べる。9品詞(名詞・代名詞・副詞。接続詞・嘆詞・動詞・形容詞・静助詞・動助詞)、6時制(未来・現在・小過去・中過去・大過去・想像過去)。東条義門の5活用形(将然言・連用言・截断言・連体言・已然言)を踏襲。文章論は、構文論ではなく、修辞法的。内題に「小中村義象校」とあり、「編纂の趣旨」のあとに、「拝啓御依頼により日本文典一閲せり。簡単にしてその要を得たる、中学の教科書には、最も手ころのものなるべし。きかきころ、かかる類の著書多く、まことに斯道の為によろこぶべきことなれども、或は強て文法家たらしめむことを中学教育に望むがごとき弊なきにもあらざるがごとし。この書は、さやうのところをよく考へていはゆる普通文の栞とせむことを務められたるは、最も同意を表せざるを得ず。御草稿返却についておもふむねを述ることかくのことし 以上 三十年一月 小中村義象」という手紙を掲載する。草稿を送って一読を得たことで、小中村の名前を校閲者として出したようである。 |
| 大槻文彦 『中等教育日本文典』 |
明治30年 | ![]() |
『言海』の付録だった『語法指南』が教科書として広く使われたのを受けて、新たに尋常中学校用として編纂された文典。『広日本文典』の四号活字の本文のみを抜き出した簡略版。その後の教科教育文法の方向を定めた文典の一つ。 |
| 三土忠造 『中等国文典』 |
明治31年 | ![]() |
品詞毎にそれぞれの事項をまとめて扱うのではなく、疎から密へとそれぞれの巻で扱う「円周教案」を取り入れたり、文典で初めて練習問題を組み入れたりと、教授用の様々な工夫がなされた文典。一方で、日本語文典の中で、最も早く「完了」という術語を導入した文典の一つ(明治28年間の関根正直『普通国語学』にすでに「完了」の語は見られる)。明治40年頃まで、幾度も改訂がなされて用いられた、大ベストセラー。この文典は、芳賀矢一が校閲しているが、三土の「緒言」に、「閲者の懇篤熱心なる指導によりて、稿を変ふること数度に及び、大いに面目を改めたり。」とある。先の『教程日本文典』と併せて、校閲者がどのような役割を担ったのか考える必要があろう。三土は、のち、政治家になり、大臣を歴任している。(→詳細) |
| 芳賀矢一 『中等教科明治文典』 |
明治37年 | ![]() |
芳賀矢一の編になる文典。二重主語(「文主」)や、文の分類(単文・重文・複文の区別や平叙体・疑問体・命令体・感動体の区別など)、文末要素の相互承接順位、「形容動詞」や「活用連語」といった概念の導入など、注目される記述が少なくない。また、現在と同様の「未然形・連用形・終止形・連体形・已然形・命令形」の6活用名を用いるなど、教科教育文法のスタンダードな術語がほぼ揃っており、やはり、その後の教科教育文法の方向を定めた文典の一つと言える。 |
| 橋本進吉 『新文典』 |
昭和6年 | ![]() |
現行の学校文法の「親」ともいうべき文典。口語法を中心とした『初年級用』が昭和6年、文語法を含む『上級用』が昭和8年に出されており、昭和12年の教授要目の改制に先だって、口語文法の先行教授をもくろんだ文典としても注目される。 「橋本文法」=「文節文法」と思われがちだが、『新文典』そのものには、「文節」という用語は見られず、「単語」と「連語」によって、文の成分が構成されるという説明をする。現行と同じく二項対立を主とした品詞分類を行い、名詞・代名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞・接続詞・感動詞・助詞・助動詞の10品詞を立てるが、連体詞は立てられていない(『別記』に「専ら連体修飾語にのみ用ひられる少数の語」についての記述はある)。また、文の成分は、主語・述語・修飾語・独立語の4つがたてられ、主語以外の格成分は、連用修飾語に組み込まれる(「鼠を捕る」「水になる」のようなものを「特に補語といふ事がある」ともする)。接続も、修飾語や独立語に組み込まれ、並立(対等)も、「語が対等の関係に立つ」とか「対等の資格で重なる」といった言い方で説明される。補助については、『別記』で「用言が付属的の意味を添へる為に他の語に附いて出来た連語」と説明されている。この無印の『新文典』のあと、昭和10年発行に『改訂新文典』が出されるが、「時の助動詞」が「過去・完了の助動詞」となり、「未来の助動詞」が「推量の助動詞」に入れられるといった改訂が加えられている。『改訂新文典別記初年級用』の「序言」の最後には、「新文典は、いふまでもなく、教科書でありますから、現在の通説とあまり離れた説を立てる事を慎み、さほど必要でないと思はれるものも、世に行はれてゐるものは之を存しました。本書は、その解説でありますから、必ずしも全部私の主張する説でなく、通説に妥協した所も少くありません。この事は特に御諒解を得たいとおもひます。」と述べられている。 |
| 橋本進吉 『改制新文典』 |
昭和12年 | ![]() |
『新文典』を昭和12年の教授要目改制に準拠して編したもの。品詞分類の基準や助詞・助動詞と用言との接続、文の構成など、『新文典』の「上級用」の内容が『改制新文典』では「初年級用」に下りている。 『改制新文典別記』の「序言」にも、『改訂新文典別記』と同様の文言が掲載されているが、このほかに、「改制新文典(初年級用)編纂の趣旨及び方針」において、「本書は出来るだけ穏健な態度をとり、全体の組織や名目など、なるべく従来のものに従ひましたが、必要な場合に限り、その見方や取扱方を改めました。しかし、それも、なるべく従来の説に近くして、その説明や実際上の取扱に於いて、多少の増補や改正を加はるやうにしました。(従つて、本書には、私のもつてゐる文法上の私見は十分にあらはれてをらず、本書の説は必ずしも全部私の主張する説ではありません。)」(p4)との文言が見られ、「新文典」の記述と自説とのずれが大きく気にかかっていたことがうかがわれる。 |
| 文部省 『中等文法』(一・二) |
昭和18年 | ![]() |
「ダバオへ、ダバオへ。」で始まる戦時色豊かな国定教科書(p1・p2)。文の単位として「文節」を認めており、文節文法が普及する直接のきっかけとなった文典。品詞分類では、「連体詞」を認めて、名詞・副詞・連体詞・接続詞・感動詞・動詞・形容詞・形容動詞・助詞・助動詞の10品詞(代名詞は名詞の一種とする)。その他も、現行の学校文法と重なるところが多いが、「文節相互の関係」は、『新文典』の考えを踏襲して、「主語述語の関係」と「修飾被修飾の関係」、「独立語」を立てるのみ。ただし、「である」や「ている」は、助動詞相当の表現であるとして、「文節からいふと二文節であるが、この二文節で、他の場合の一文節に当るやうな働きをしてゐるのである。」(p116)と述べられている。架蔵のものは、酸性紙で劣化が進み、厚紙の表紙は砕け、中紙も茶色に変色している。 |
| 文部省 『中等文法』(口語・文語) |
昭和22年 | ![]() |
同じ『中等文法』であるが、戦中版と戦後版とでは大きく内容が異なる(p1・p2)。『口語』では、『一』の戦時色が抜かれているほか、「文節相互の関係」に「主語述語」と「修飾被修飾」の二つをあげるだけで、独立語には触れていない。一方、『文語』の方で、「一六 文節と文節との関係」という章を立て、「主語述語の関係」「修飾被修飾の関係」「対等の関係」「附属の関係」の4つの関係と「独立語」について詳しく説明されている。文語を学ぶ目的についても、『二』では、「このやうに文語は、口語と共に私どもの周囲に現に行はれてゐるものである。文語を理会し文語を書き得ることは、私どもにとつて大切なことと言はなければならない。」と述べ、また、「文語の文法を知っておれば、昔の文章を読むのに役に立つ。」と述べているが、『中等文法文語』では、前者の文は省略され、後者だけになっている。これも酸性紙で劣化が進んでいる。 |
背景は、「読本」の中に出された文法的な読み物(西澤之助編『高等小学読本』巻五「第二十一課 文の栞(四)」より、38丁ウと39丁オの部分)