文法指導の問題点
安部 朋世 (鶴見大学短期大学部)
「『A話すこと・聞くこと』、『B書くこと』及び『C読むこと』の指導を通して身に付けさせる」とあるように、〈3領域の学習の向上に役立てるための基礎的な事項〉としての位置付けが与えられている。
「文法は暗記だから嫌い」*1
授業単元「文法を考える−『あいまいな文』と『文の不自然さ』−」
筑波大学附属中学校 3年2組 男子20名 女子21名
平成12年11月〜12月
*基本的に発表者(授業者)が作成したプリントを配り、それに基づいて授業を進める。
第1時 導入:本単元における「文法学習」の意義と方法について、授業者の説明をもとにして考える。
第2時 あいまいな文1:複数の意味に解釈できる「あいまいな文」を10文提示し、どのような解釈が可能か考える。
第3時 あいまいな文2:先に提示した10文で、あいまいさの原因が同じものを探し、あいまいさが生じる原因を、様々なカテゴリーにわけて考えることができることを知る。
第4時 不自然な文1:日本語として不自然に感じられる「不自然な文」を、自然な文に直す。
第5時 不自然な文2:自然な文への直し方を考えることによって、文の不自然さに様々なレベルがあることに気付く。
第6時 不自然な文3:同上
第7時 不自然な文4:『永遠のジャック&ベティ』における文の不自然さを観察し、単元のまとめを行う。
§1:次の文は二通り以上の解釈ができる「あいまいな文」です。
それぞれ、どのように解釈できるでしょう。
§2:上のそれぞれの文の「あいまいさ」はどのような原因によるのでしょうか。
次の五つの文も「あいまいな文」です。上の文と下の文とで「あいまいさ」の原因が同じものどうしをみつけ、どのような原因によるものか考えましょう。
「何通りにも解釈可能な文である」という条件を提示されることによって、生徒自身に内在する様々な規則性を運用する能力が活性化され、それを駆使して生徒は様々な解釈を考え出している。
〓 このような言語能力の活性化は、ここで生徒が新たに「文法を覚える」ことによってなされたわけではない。生徒自身に内在する日本語の規則性を活性化させるような刺激が与えられることによって、生徒の中から現れ出たものである。
〓 2. 節で問題点として挙げた、
を裏付け支持する事象。
〓 ・「文の区切り方」は、「文節」の再確認に。
〓 文法の授業中において、生徒自身が(意識はしていなくても)、日本語の規則性に基づいて日本語を運用していることを示す事象が確認され、文法の学習を行う際の生徒に対する上記の認識が妥当であることを裏付ける結果を得られた。
生徒が新たに「文法を覚える」ことからではなく、生徒自身に内在する日本語の規則性が活性化されることによって、生徒の中から現れ出たもの。
〓 従来、あいまいなままその正当性を得ていたと思われる、「適切な国語の表現を習得すること」を直接的に文法教育の目標として置くことに対する疑問の提出、さらにその見直しへと向かう議論につながるもの。
〓 生徒に「あいまいな文」「文の不自然さ」を、具体的な例文をもとに考えさせることによって、本単元における目標である「文のあいまいさ」「文の不自然さ」について考察することだけではなく、他の文法事項、さらには、待遇表現等、様々な言葉に関する事項の学習へとつながる契機となる意見・事態が、具体的に生徒の側から提出されたこと。
〓 本実践の理念・手法が、文法の学習における様々な発展的な学習内容・形態をその可能性として含むものである、ということを示しているともいえよう。
〓 実践の際に生じた様々な問題点が、結果的に、授業内容を進展させていく新たな問題設定・課題設定へと転化していったこと。
「あいまいな文」について考えている際に生じた「文の不自然さ」の問題が、「文法を考える」際に重要な問題として、取り上げられることになった。
〓 本実践に際しての、文法教育の捉え方として記した、「実際の日本語を観察しながら、問題点を指摘し、よりよい説明を考えていく」という教育内容が、授業進行の過程において実現されたもの。
〓 「新学習指導要領」で提示された「総合的な学習の時間」における重要な構成用件である「課題−解決」的手法の、具体的な実践方法の開発にもつながるもの*6。
〓 本実践の理念・手法は、「新学習指導要領」で重点を置かれた「言語能力の育成・向上」に関し、文法教育を性急に、直接的に「国語を適切に表現する能力の向上」や「3領域の指導」に結びつけることによってではなく、日本語の観察・考察を通して「国語に対する認識を深め」ること、すなわち「メタ言語能力を育成すること」によって、貢献するものと考える*7。
【参考文献】
安部朋世(2001)「授業「文法を考える」−「あいまいな文」と「文の不自然さ」の検討を中心に−」『日本語と日本文学』33 筑波大学国語国文学会 掲載予定
天野みどり他編(1993)『ワークブック日本文法』おうふう
岡田伸夫(1998)「言語理論と言語教育」『岩波講座 言語の科学 11 言語科学と関連領域』 岩波書店 , pp.129-178
河野庸介・金子守編(1999)『改訂 中学校学習指導要領の展開 国語科編』明治図書
佐藤学(1998)「「総合的な学習」の可能性と危険性」『カリキュラムの批評−公共性の再構築へ』世織書房
鈴木一彦(1965)「学校文法と国語教育上の問題点」『口語文法の展望』明治書院 (『国語教育基本論文集成 22 国語科言語教育論(4)文法教育論と指導研究』明治図書 所収)
田中章夫(1981)「文法教育を考える」『文学』Vol.49 9月号(『国語教育基本論文集成 22 国語科言語教育論(4)文法教育論と指導研究』明治図書 所収)
藤原與一(1951)「文法教育の基本問題」『実践国語』第12巻第138号11月号 (『国語教育基本論文集成 22 国語科言語教育論(4)文法教育論と指導研究』明治図書 所収)
松山羊一(1981)『中学校・最新教科教育法シリーズ 1 中学校 国語科教育法』図書文化社
*1 このことについては、過去にも繰り返し言及が為されている。藤原(1951)では、「一般には、文法がきらわれている。生徒にきらわれ、先生にきらわれている。従来の文法教科書を型にとつて臨むと、旧来の文法教育は、たいてい、形式的な訓練になり、教える方でも義務的にやる人があれば、学ぶ方も、これを暗記の学科のように思つた。近来、生活経験の重視とともに、口語法教育は、一つの正しい軌道に乗りつつあるかに見られるが、そのさい、文語法の教育はまだ宙に浮いている。そして、口語法の教育も、真に生活語を反省自覚せしめる指導となつてはいないことが少くなく、理解せしめ考究せしめる文法教育が、導く者と導かれる者との間に、興味のしごととはなつていないことが多い。」(p.22)と述べられている。また、松山(1981)においても、「文法の学習というとき、生徒は、『暗記するもの』という印象を持っている傾向がある。どうしてそのようになるのかも考えず、ただ丸暗記をするものという見方や考え方で、文法学習にのぞむとしたら、たしかに『文法学習ほどつまらないものはない。』ということになるであろう。」(p.355)と記されている。発表者が本発表で取り上げた実践を試みる際、第1時の冒頭で、生徒に「文法が好きか嫌いか」という質問をしたところ、8割以上が「嫌いである」と答えた。そして、その理由の多くは「暗記が中心になるから」というイメージによるものであった。
*2 岡田(1998)では、「メタ言語能力(発表者注:言語を客体化し、言語に省察を加える能力)は早い段階で出現する」(p.159)として、2歳児があるタイプのメタ言語能力を発揮する例を挙げているが、これは、「母語話者における文法教育」を考察する際に、示唆に富む指摘であるといえよう。
*3 田中(1981)は、「ひところ、中学校の文法指導の現場で、『役に立つ文法』とか『表現のための文法』とかいうことが、しきりに採りあげられたことがあった。しかし、これといった、はっきりした成果を見せることもなく、いつのまにか下火になっていった。…略…文章の正しい理解に、文法が役立つという意見もあるが、文法能力よりは、まず語彙力であろう。日本語の場合は、それ以前に漢字能力のいかんが横たわっているので、とても、文法能力と文章の理解力とがストレートに結びつくとは考えられない。…略…『役に立つ文法』とは言うものの、文法教育の成果が、ネーティブ・スピーカーの会話能力や文章理解力の向上をもたらしたという例は、聞いたことがない。」(pp.356-357)と述べ、文法能力と文章能力、敬語法の習得等との直接的な結びつきについて、否定的な見解を示している。
*4 本発表では、「学校文法」という用語を、「学校で学習される文法の総称」として用いる。なお、鈴木(1965)に、この用語に関して、「教科文法」「実用文法」という用語との比較における言及がある。
*5 田中(1981)は、中学校の文法指導の現場に、橋本文法と時枝文法の対立が持ち込まれ、どちらの文法学説を採用するかで論議と混乱が起こったことを取り上げ、「これも、結局は、中学校の文法教育で、体系的に整理された知識の教育が、その中心になっているからであろう。」(p.367)と述べている。
*6 発表者は、「新学習指導要領」において示された「総合的な学習の時間」を、佐藤(1998)の指摘に基づき、その「内容」「手法」という二面から、
内容:教科ごとの教育の間に見落とされていた、または取り上げにくかった、あるいは、これからの社会において必要と思われる教育内容を取り上げる。
手法:従来の既存の学問の体系から敷衍される学び方、知識の詰め込みや記憶−反応型ではなく、自分で課題を設定し、その解決に適する方法をみつけだして、試行錯誤しながら自分としてのある解決に達する。それを踏まえ、実生活に活かし、実生活を営みながら、新たな課題を設定する。
という構造を持つものとして捉えている。
*7 岡田(1998)は、「メタ言語能力は言語を運用する場合に威力を発揮する」(p.149)とし、メタ言語能力の活性化が言語運用能力の育成につながることを述べているが、「新学習指導要領」における「日常の言語活動を振り返り言葉のきまりについて気付かせ」という文言は、この「メタ言語能力」の育成につながるものと捉えることができよう。『中学校学習指導要領(平成10年12月)解説−国語編−』にも、「言語事項」の内容に関する解説において、「言語活動を対象化しそこに法則を発見しそれを言語生活に生かしていく操作する能力」(p.57)という記述がみられる。