夏の夜の魑魅魍魎――"beetle" 考*

加藤行夫

外国語で書かれた、それも古い文学作品を読んでいると、どうにも理解できない、と痛感することは読みのさまざまな層で常に起こる。言うまでもなく、この困難さは、当時の社会との文化的な相違をはじめ、政治、経済、宗教といった、あらゆる背景の違いからもたらされるものだが、問題はむしろ、このような差異が、作品に描きこまれた身の回りの日常的な事物にまでさりげなく浸透している、そのことにあるだろう。われわれの知るものと作品中のことばとが一対一で対応しているかにみえるとき、それはいともたやすく読み過ごされるし、誤解のままに長く読み継がれるということも起こり得る。実は間違いだったのかもしれない、と気づくためには、おそらく決定的な手だてはないが、読みの流れが奇妙に滞る箇所、何度読んでも何となく気にかかっていた箇所にしばらく立ち止まり、そのことばの意味をあらためて調べなおしてみるという、極めて地味な、しかし最も基本的な検証を重ねてゆくしかないのかもしれない。

たとえば、シェイクスピアの『夏の夜の夢』 A Midsummer Night's Dream、妖精の女王ティターニアが森のなかで眠る場面。彼女は、まず手下の妖精たちにそれぞれの命令を下し――

TITANIA
Come, now a roundel and a fairy song,
Then for the third part of a minute hence:
Some to kill cankers in the musk-rose buds,
Some war with reremice for their leathern wings
To make my small elves coats, and some keep back
The clamorous owl, that nightly hoots and wonders
At our quaint spirits.
(II.ii.1-7) 1)

ティターニア
さあ、輪踊りをして、妖精の歌を歌っておくれ。
そのあとで、20秒ほど出かけて、ひと働きしておくれ。
幾人かは、じゃこうばらの蕾の虫を退治にお行き。
幾人かは、コウモリと戦って皮の翼を取っておいで、
小さい妖精の上着を作るんだから。幾人かは、
うるさいフクロウを追い払っておくれ、夜な夜な鳴いて
かわいい妖精を驚かすのだから。

そして、安らかに眠れるように妖精たちに子守り歌を歌わせる「「

                Sing me now asleep;
Then to your offices, and let me rest.
She lies down. Fairies sing

[FIRST FAIRY]
You spotted snakes with double tongue,
Thorny hedgehogs, be not seen;
Newts and blindworms, do no wrong;
Come not near our Fairy Queen.

[CHORUS] [dancing]
Philomel with melody,
Sing in our sweet lullaby;
Lulla, lulla, lullaby; lulla, lulla, lullaby.
Never harm
Nor spell nor charm
Come our lovely lady nigh.
So good night, with lullaby.

FIRST FAIRY
Weaving spiders, come not here;
Hence, you long-legged spinners, hence;
Beetles black, approach not near;
Worm nor snail do no offence.

[CHORUS] [dancing]
Philomel with melody,
Sing in our sweet lullaby;
Lulla, lulla, lullaby; lulla, lulla, lullaby.
Never harm
Nor spell nor charm
Come our lovely lady nigh.
So good night, with lullaby.
Titania sleeps
    (II.ii.7-30)

        さあ、歌を歌ってわたしを寝かせておくれ。
それから仕事にとりかかり、わたしは休ませておくれ。
(彼女は横になり、妖精たち歌う)

妖精1:  舌のわかれたまだらのヘビよ
現われないで、ハリネズミよ
イモリも、ヘビトカゲも、悪さをするな
女王さまに近づくな

コーラス(踊りながら):
夜鳴きウグイス、調子をつけて
歌っておくれ、子守り歌
ララ、ララ、ララバイ、ララ、ララ、ララバイ
邪魔はだめ
呪文も、魔法も
女王さまに近づくな
さあ、おやすみなさい、子守り歌で

妖精1:  機織りグモよ、近づくな
むこうにお行き、足長グモ
[    ]、近づくな
毛虫もカタツムリも、悪さをするな
コーラス(踊りながら):
夜鳴きウグイス、調子をつけて
歌っておくれ、子守り歌
ララ、ララ、ララバイ、ララ、ララ、ララバイ
邪魔はだめ
呪文も、魔法も
女王さまに近づくな
さあ、おやすみなさい、子守り歌で
       (ティターニア、眠る)

シェイクスピア劇によく現われる "canker" については、普通の英和辞典であれば、"cancer" と同根のそれが "cankerworm" のことであり、さらに大きな英和辞典なら、「植物の蕾や葉を食い荒らす昆虫の幼虫(シャクガ科の Alsophila pometaria や Poleacrita vernata など)」2)と学名入りで教えてくれる。それがとりつく "musk-rose" についても、シェイクスピアの語彙辞典を見ると、"Large rambling rose with large fragrant flowers" 3) とあって、この箇所が引用されている。このあいまいな定義に満足できなければ、先程の大きめの英和辞典に戻って、「ヤマイバラ(Rosa moschata)」または「ジャコウアオイ(Malva moschata)」のことだと調べればよい。われわれは、かくして、たとえこれらの実物を見たことがなくても、学名との対応を示されることで、作品中の昆虫や草花の同定作業が済んだと思いこめる。

加えて、この最初の数行の行間から読み取れることとして、小さな "canker" を退治できる妖精は、"reremice" の "leathern wings" で "coat" が作れるほどの小ささあること、それゆえ "clamorous owl" の鳴き声にもおびえ、常にそれらやっかいな外敵と戦っていること、などもわかる("for the third part of a minute" とあるように、この小さきものたちの生きる世界では、時間までもが縮小されているのがおもしろい)。これらはわれわれのすでに知っている妖精についての情報を再確認させたり、あらたに修正したりする。

続いて妖精の歌が始まるわけだが、以上の読み方を適用すれば、この歌の趣旨を理解するのにさしたる困難はないだろう。この子守り歌は、つまり、女王の安らかな眠りを願いながら、森のなかに出現するかもしれない気味の悪いもの、女王の眠りを妨げるそれら魑魅魍魎に、近づくなと命じているのである。忌避すべきそれらとは、具体的には、1. "spotted snakes with double tongue", 2. "Thorny hedgehogs", 3. "Newts", 4. "blindworms", 5. "Weaving spiders", 6. "long-legged spinners", 7. "Beetles black", 8. "Worm", 9. "snail" の9種類にわたっている。

まず、これらの生物に付された形容詞の用法について考えてみよう。通常、形容詞+名詞の意味上の関係には2通りあり、ひとつは、さまざまな属性をもち得るものからその形容詞によって限定されるものだけを選別する用法(ex. "sour grape")と、いまひとつは、そのものの本来の特性を表現する用法(ex. "white snow")である。そして、上記の9項目に使われている形容詞(句)のほとんどは、本来の特性の表現とみなしてよい。"spotted snakes with double tongue" では、すべてのヘビは舌が分かれているという了解から、「まだらの」という修飾も、まだらでないヘビと区別して付けたというより、ヘビそのものの姿を表わしたものだろう。"hedgehogs" にはすべてトゲがあり、"spiders" はすべて糸を紡ぎ、"spinners" はすべて足が長い。ところが、最後の "Beetles black"、この形容詞の用法については、与えるべき訳語ともども慎重に保留しておかなければならない。

歌(詩)であるということから要請されるレトリックが多彩な言い回しを可能にしているが、これらの生物は、要するに、「ヘビ」「ハリネズミ」「イモリ」「ヘビトカゲ」(目が小さいことから "blindworm" と呼ばれる足のないトカゲ)「クモ」("spiders" と "spinners" は同じものの別名だろう)4) 「毛虫」("worm" には "serpent", "snake" の意味もあり、そうとるとこれも「ヘビ」にまとめられる)5)「カタツムリ」、そして、"Beetles black" である。「ヘビ」には毒牙があり、「ハリネズミ」は針で刺し、「イモリ」と「ヘビトカゲ」は Macbeth の魔女の大釜でも煮つめられ(IV.i)、それにあわせて「クモ」も、Richard III の "Adders, spiders, toads, / Or any creeping venom'd thing that lives" (I.ii.19-20) といったことばなどから、当時は毒をもつと考えられていたことがわかる。6) このせりふに表わされているように、「地を這う」動きと「毒をもつ」体質はともにある属性かもしれず、そうでないとしても、「毛虫」や「カタツムリ」は、ティターニアの安眠を妨げるには十分の気味悪さを備えている。では、しかし、"Beetles black" についてはどうか。

眠りどころか生命まで危うくしかねないこれら忌むべき生き物が陳列された直後、妖精の王オベロンが登場し、ティターニアの瞼に花の汁を注ぐ「「

OBERON
What thou seest when thou dost wake,
Do it for thy true love take;
Love and languish for his sake.
Be it ounce, or cat, or bear,
Pard, or boar with bristled hair,
In thy eye that shall appear
When thou wak'st, it is thy dear.
Wake when some vile thing is near. Exit
(II.ii.33-40)

オベロン:
目覚めて最初に見るものを
おまえの恋人にするがよい
恋し焦がれてみるがよい
ヤマネコであれ、クマであれ
ヒョウ、針毛のイノシシでも
目覚めたまなこで見たものが
こよなく愛しいひととなる
目を覚ませ、卑しきものの御前で   (退場)

オベロンが列挙したのは、さらに巨大な恐ろしい獣たちで、妖精の子守り歌のなかで嫌われた爬虫類、齧歯類、昆虫類に代わってティターニアの眠りをおびやかす。これら地を這うもの、野を走るものが、およそ恐ろしいものどもの総動員であればこそ、ただひとつ "Beetles black" に、奇妙な違和感を抱かざるを得ない。

この "Beetles black" が他の形容詞と異なり、名詞+形容詞の語順になっていることについては、ひとまず、この詩行の韻律ゆえと解決させることができよう。シェイクスピア劇のせりふの多くが押韻のない弱強5歩格(blank verse)であるのに対し、この箇所は基本的には強弱4歩格(trochaic tetrameter)で書かれおり、それに従って Beetles black のリズムになる。だから、この2語の散文的な意味は "black beetle" と同義とみなしてもさしつかえなく、詩的効果を無視した現代英語訳では、この1行が、"Black beetles, don't come near!" 7) と変えられている。

では、この "Black beetles"、つまり、「黒い」"beetle" とは何か。歴代の翻訳者たちの日本語訳を通観してみよう。現代の上演で最もよく使用される小田島雄志訳(1983年)では「黒甲虫」となっており、「甲虫」の部分に「かぶとむし」とルビがふってある。原文に忠実な翻訳の大山敏子訳(1970年)でも「黒かぶと虫」、そして、舞台言語を意識しながら旧字体・旧かなづかいを尊重する福田恆存訳(1960年)の「黒かぶと蟲」では、うごめく虫どもという元来の感じが伝わりはするが、これらはなべて「黒い」+「カブトムシ」の小グループをなす。ここに追加して、三神勲訳(初訳年不明)では丁寧に「黒かぶとむし、角出すな」と「カブトムシ」の属性を書き加えて意訳さえしてある。もうひとつの小グループは、平井正穂訳(1967年)の「かぶとむし」とルビの打たれた「甲虫」で、最も新しい高橋康也訳(1991年)の「かぶとむし」に引き継がれている。つまり、この後者のグループの訳は、"black" という形容詞に対して、先述の2種の用法のうち、本来の属性と解釈し、「カブトムシ」はすべて「黒い」のだから、余剰表現として訳から「黒い」を意図的に排除したと考えられる。ともあれ、以上の翻訳は共通して "beetle"を「カブトムシ」と理解しており、事実、黒い色以外の色のカブトムシはいないのだから、訳出するにせよしないにせよ "black" は余分の形容詞ということにはなる。しかしながら、少なくともわれわれ日本人にとって、「カブトムシ」が「ヘビ」や「クモ」と同列に並べられて憎悪されるというのは、いかにも解せない。

なぜなら、「カブトムシ」という昆虫に抱くわれわれのイメージは、むしろ子供たちの愛玩する昆虫としてのそれであって、決して嫌われるものではないからだ。そして、おそらく、そのイメージは昔から変わることがなかったものだろう。「カブトムシ」はもともと東京方言で、古来の呼称は「さいかちむし」として『大和本草』に初出する。この「さいかちむし」を題材にした川柳が残っており、「さいかちむしの飛ぶことを子は知らず」、「ぼんおどりさいかちむしがふせぎなり」(子供の髪型をさいかちむしに例えて)、と子供たちとともに息づく身近な虫として、その愛すべき姿が描かれている。8) このようなイメージが英語文化圏でもそのまま通用するかという問題はあるが、まずもって、妖精の歌に登場する昆虫が本当に「カブトムシ」なのかどうか、疑ってみる動機にはなるだろう。

英語の基礎的事実として、"beetle" が「カブトムシ」と必ずしも同一の概念ではないということは、いまではよく知られているはずである。ちなみに、一般の英語学習者が手元に持つ英和辞典の、"beetle" の項の表記を調べてみよう。この種の問題は、ある概念の日本語への受容に関係するので、これを機に "beetle" の訳語表記を総ざらいしてみる意義はある。『フレンド英和辞典・第3版』(小学館)が「カブトムシ」とただ一語、『新ポケット英和辞典』(研究社)も「かぶと虫」のみ。前者は中学生用であり、後者は古く出版されたまま改訂されていない携帯用辞典ということを差し引いても、これらの辞書が学習者に "beetle" =「カブトムシ」と一律に決めつけさせてきた元凶だろう。『講談社英和辞典』(講談社)は「カブトムシ(類)」と、かろうじてその責を逃れている。すでに正しい表記になった辞書は多いが、『ニューライトハウス英和辞典・第2版』(研究社)の「甲虫(前羽が堅い昆虫;かぶとむし、くわがた、はんみょうなど)」がそれを代表している。『リーダーズ英和辞典』(研究社)によれば、「甲虫(鞘翅目の昆虫の総称)」と短く的確に学術用語で定義されている。要するに、ティターニアに近づくなと命じられているのは、「カブトムシ」であるかもしれないが、正しくは、それを含むより広い範囲の「甲虫」ということになる。

再び日本の翻訳を振り返ると、対訳注版で沢村寅二郎訳(1953年)が「黒いかなぶん」の訳語を当て、「カブトムシ」系とは別格になっている。"beetle" の原義を意識しての訳なのだが、しかし、「カナブン」の何たるかも知っているわれわれは、そのイメージから何とも不自然な印象を否めない。第一、「カナブン」であれば「カブトムシ」よりも恐れるに足りないのではないか。では、シェイクスピア翻訳の大御所、坪内逍遥はどうか。『新修シェークスピヤ全集』(1934年)の当該箇所は「黒甲蟲」となっていて、これに「くろかぶとむし」とルビが打ってある。どうやら「黒いカブトムシ」の訳語の系譜はこのあたりに源流があるのかもしれない(われわれは、これ以外にも現代の訳者が坪内訳にそのままならっている箇所を数多く知っている)。ただ、注意しなければならないのは、この『新修シェークスピヤ全集』に先んじて出された旧版の『沙翁全集』(1927年完成)では、前後する他の漢字にルビがあっても、「黒甲蟲」には読み仮名をつけていないという事実である。したがって、訳者自身が「くろかぶとむし」と読ませようとしたかどうかは不明で、出版社があとから勝手に付けたということも想像できなくもない。逍遥は、あるいは読みのことをさして意識せずに、"black" という形容詞と "beetle" という名詞の字義だけを直訳したのかもしれず、しかし、もしあえて逍遥にここを朗読してもらったとしたら、舞台語としてはかなり無理があるが、実は「くろこうちゅう」と読んだ可能性もある。

確固とした根拠にはならないが、逍遥がこの時代、シェイクスピアを翻訳するにあたって助けを借りたであろう辞書は、1922年というその出版年や当時それがもっていた権威から推測して、斎藤秀三郎著のいわゆる『斎藤英和辞典』と考えられる。そして、この辞書の "beetle" の項には、「甲蟲、カブトムシ」と2語が別個の表記で並べられ、明らかに「甲蟲」を「かぶとむし」とは読ませていない。「くろこうちゅう」であった確率が高い次第だが、もっとも、さらにさかのぼれば、「甲蟲」が「こうちゅう」であったという事実まで揺らいでくる。明治6年(1873年)に柴田昌吉・小安峻同訳として刊行された『附音挿図英和字彙』(日就社)の "beetle" の項には「甲蟲」とだけあって、そこに「ヨロヒムシ」とカタカナでルビが振ってあるのだ。いっそう発声に無理が生じて舞台での実現の可能性は薄いが、逍遥の「黒甲蟲」は「くろよろいむし」とも読める。ともあれ、案外、現代に至る「黒カブトムシ」の綿々たる誤訳の原因は、逍遥みずからは関知しない偶然のルビ自体にあったのかもしれない。しかし、現代の翻訳者たちが "beetle" の訳として「カブトムシ」と読ませながらも、その多くが「甲虫」の漢字を残しているのは、それをも逍遥の踏襲と言うより、「カブトムシを含む(のような)甲虫類」といった広義の概念を何とか表現したかった意志のあらわれと好意的にみることはできよう。それにしても、「カブトムシ」は正しくは「甲虫」の謂いであると訂正したからといって、そもそもの違和感は解消されるだろうか。なぜ「甲虫」が「ヘビ」や「クモ」のように嫌われなければならないのか。それに、なぜ「黒い甲虫」なのか。

シェイクスピアを読むに際して頼りになる多種多様な注釈書も、この箇所については、まったくと言ってよいほど沈黙している。およそシェイクスピア劇に登場する事物の博物学的な解説の詳しさにおいて比類ない Halliwell の全集版にも、関連する記述は見出せない。9) 英米の注釈書の場合、それはおそらく、わからないからではなく、ここに "Beetles black" が現われるのは、無意識的にせよ彼らにとって自明の理由ないし感覚によるからなのだろう。一方、日本の注釈書でもここには説明がない。それはおそらく、「黒いカブトムシ」あるいは「黒い甲虫」と日本語訳を与え、そこで解釈という行程を終えたつもりでいるからに相違ない。異なる文化のことばを理解するということの、真の難しさがここにある。

われわれが辞書によってできる最後のこととして、英語辞書の最高峰 The Oxford English Dictionary を調べてみよう。10) この O.E.D. 第2版が "beetle" の主項目で挙げているのは、名詞2項、形容詞1項、動詞3項で、それぞれについて定義の要点を日本語で示すと([ ]内は筆者の補足)「「

Beetle 名詞T(語源は "to beat"「打つ」+ "-le"「道具」を示す接尾辞)

1.木製の柄に重い頭部のついた道具。くさびや木釘、敷石などをたたくのに使う。槌。

(Henry IV, Part 2, I.ii.255 の引用)[引用の幕・場・行は O.E.D. のも

の]

2.鈍さ、愚かさを表わす用法。"deaf, or dumb as a beetle" の例。しかし、これは名  詞Uの比喩的意味と混同されている。名詞Uの3を参照。

3.複合語の例。2の意味から軽蔑的に使うものとして、"beetle-brain, beatle-head"。

(The Taming of the Shrew, IV.i.161 の引用。"beetle-headed" の形容詞形)

Beetle 名詞U(語源は "to bite" 「噛む」)

1.鞘翅目(coleopterous order)の昆虫。上翅が堅い鞘状となり、飛翔用の下翅を守る。

(Measure for Measure, III.i.79 の引用。"The poore Beetle that we

treade vpon." [なお、続いて 1765 Tucker Lt. Nat. I. 640 の引用があり、

"The beetle, whose characteristic is stupidity and unwieldiness of

limbs, beats himself down against a tree, or overturns himself in

crawling, and lies sprawling upon his back." と、その愚かさが強調されて

いる])

2.[この定義は重要なので、別途に原文と全訳を示す]

3.目が見えないものとされた用法。名詞Tの2を参照。

常用される慣用句に "blind as a beetle" がある。

4.そこから派生して、比喩的に、愚かな人間。

5.複合語の例。"beetle-blind", "beetle-eyed" など。[旧版の Supplement から加

えて]"beetle-droning"

Beetle 形容詞(もともとは "beetle-browed" という複合表現として初出するが、後に

"beetle" が独立した語とみなされるようになり、シェイクスピア以来は動詞として

確立した。動詞Tを参照。眉毛が濃く、突き出ているさまを言うが、Dr. F. Chance

が示唆したように、おそらく、"beetle"[名詞U]の短く突き出たふさ状の触覚から比喩的に喚起されたのだろう)

1."Beetle-browed" の用法

2."Beetle" が形容詞として "brows" を修飾する用法[この初出 1532年より "beetle"が独立した語とみなされる]

比喩的に、山の崖縁が突き出ている、あるいは木々におおわれているさま。

(引用には、[名詞Tの比喩的用法 "beetle-headed" と混同した]"Thou art

an ignorant Beetle-brow." という例も挙げられている)

Beetle 動詞T(シェイクスピアが臨時語 nonce-word として使用し、以後受け入れられた)

1.(自動詞)突き出た眉を上げる。突き出た眉で見る。(現代では単に「突き出る」と考えられているが、シェイクスピアはおそらく「眉」を想定していたのだろう)

(Hamlet, I.iv.71 の引用。"The dreadfull summit of the Cliffe, That

beetles o'er his base into the Sea.")

2.比喩的に、おびやかすようにおおいかぶさる。

Beetle 動詞U

1.(他動詞)槌で打つ。

Beetle 動詞V[旧版の Supplement で新たに加えられた項目](名詞Uから派生)

1.(自動詞)急いで去る。(beetle[名詞U]のように)動く。

以上ですべてだが、興味深いのは、語源の異なる2種の名詞(「槌」と「甲虫」)が実際の慣用句用法で混同されているという事実である。ちなみに、再び手元の英和辞典を見てみると、たとえば『プログレッシブ英和中辞典・第2版』(小学館、1991年)では、「甲虫(こうちゅう)(カブトムシなど)」とある項目のなかに、成句として、"(as) blind as a beetle" と "(as) deaf [dumb] as a beetle" とがいっしょに並べられている。「甲虫」に「目が見えない(悪い)」「盲目的な」「愚かな」という属性が付されているのもおもしろいことで、もとよりそうであったから「槌」と混同されたのか、あるいは表現としての混同が逆に「愚かな」「甲虫」を作り上げたのか。形容詞または動詞の「突き出た」にまで「甲虫」が関与しているかもしれず、それがまた「愚かな」「槌」と混同されたりしている。また、旧版の Supplement で加えられた動詞Vは、この虫の「動き方」(「飛び方」については、やはり Supplement から名詞Uの5の複合語として加えられた "beetle-droning" がある)に注目していて、「甲虫」の特徴として新たに数え上げておくことができる。動詞Vの引用の初出は1919年だが、むしろ、このあくせくとしたせわしない歩き方が(あるいは、飛んでいて何かにぶつかったりするさまが)、「甲虫」は「目が見えない(悪い)」と早くから決めつけられた理由かもしれない。ここまでのところで言えることは、「カブトムシ」を含む甲虫類が、われわれ日本人の思惑とは違って、やや否定的な意味を内包しているということだろう。しかし、それはあくまで「愚かさ」という点においてであり、やはり「ヘビ」や「クモ」に匹敵する「気味悪さ」ではないようだ。

さて、われわれの関心事に大いに関わるのは、O.E.D. の名詞Uの2として、1の鞘翅目つまり「甲虫」という定義と並行して解説されていることがらである――

In popular use applied especially to those of black colour, and

comparatively large size; hence many coleopterous insects of different

appearance, as the glow-worm, lady-birds, death-ticks, etc. are usually

excluded, and other insects included under the name; among the latter are

the Black-beetle or Cockroach (q.v.), which is not a beetle.

通俗的な用法では、とくに黒い色の、比較的大きなものについて言う。したがって、ホタルやテントウムシなど、異なる様態の鞘翅目の多くは通常除外され、鞘翅目以外の昆虫もこの名で呼ばれる。後者には "Black-beetle", "Cockroach" があるが、これは[本来は]"beetle" ではない。

引用は1050年を初出として、1530 Palsgr. 198/1 の "Bettle, a blacke flye." などのあと、まさしく A Midsummer Night's Dream のこの箇所 "Beetles blacke approach not neere." が挙げられているのだ。われわれの求める "Beetles black" の意味は、O.E.D. によれば、1の「甲虫」ではなく、2だということになるわけだが、しかし、この2の定義はその書き方が極めてあいまいである。まず、"those of black colour" の "those" は1で定義された「甲虫」を指すのだろう。だから、2の第一段階の定義は1の「甲虫」と重複し、「甲虫」のなかのとくに「黒い」ものと「大きい」ものについて言うらしい。その結果、第二段階として、「鞘翅目」の厳密な分類からずれて、黒く大きい昆虫であれば鞘翅目でないものも含むようになった。たとえば、「ゴキブリ」のように。"Black-beetle or Cockroach" の部分もあいまいで、"Black-beetle" または "Cockroach"、なのか、"Black-beetle" すなわち "Cockroach"、なのかがよくわからないのだが、とりあえず「ゴキブリ」とまとめておこう(同じ O.E.D. の "cockroach" の定義のなかに "commonly called black-beetle" と記されてはいる。ちなみに、"cockroach" の初出は1624年で、シェイクスピアはこの語を使用していない)。結局、この定義では、"black beetle" が(少なくとも、われわれの "Beetles black" が)「黒い甲虫」なのか「ゴキブリ」なのかという問いに対する明瞭な解答は得られないのだ。ただ、同じシェイクスピアからの引用のひとつを1に入れ、もうひとつを2に入れた O.E.D. 編者の意図は、おそらくは、後者を「ゴキブリ」として特殊化することにあったのかもしれない(と仮定して、以下しばらく論を進めよう)。引用の続く2例(1864 Realm 16 Mar. 8, "Tosser is thrust into a cupboard among the blackbeetles", etc.)は、その文脈から「ゴキブリ」を意味しているのは確かである。すると、ティターニアに近づくことを禁じられた昆虫は、「カブトムシ」ではなく「ゴキブリ」なのだろうか。「ゴキブリ」であれば、何よりも妖精たちの嫌悪感が容易に理解できる。

「ゴキブリ」は、いまでこそ家庭のなかで人間に寄生しているかに見えるが、それは全体のごく一部の種類にすぎず、9割以上は太古の時代から今日まで森で生活する生態系の構成員で、オオゴキブリという種類などは、クヌギ林の樹液を求めて夜間にカブトムシとあい並んでいるのがよく観察される。「ゴキブリ」に関する記述は、古くはアリストテレスの『動物誌』にまでさかのぼることができ、日本でも、平安時代の『本草和名』という漢和辞典に「阿久多牟之(あくたむし)」「都乃牟之(つのむし)」として記載され、『伊呂波字類抄』に「あきむし」の名で登場している。この神出鬼没、永遠不滅の昆虫がシェイクスピア劇の森に出現しても何ら不思議はないし、実際、当初の問題であった妖精の歌のなかの "Beetles black" は「ゴキブリ」のことである、という断定に反論する決定的な根拠は見つかりそうもない。

ただ、しかしながら、そう結論するのを躊躇させる要因もいくつかあり、ひとつには、後に詳しく見ることだが、シェイクスピア劇の他の箇所に、これと同じく「ゴキブリ」と考えることのできる確かな例がない、ということ(つまり、シェイクスピアは、当時新大陸からもたらされた「タバコ」について一度も言及しなかったように、そもそも作品のなかに「ゴキブリ」をまったく侵入させなかった、ということもあり得る)。そして、"black beetle" の複合語としての安定度も問題になるだろう。すでに解決済みのように思えた "Beetles black" という語順は、ちょうど "blackbird" がたとえ韻律の関係でも "bird black" とはならないように、やはり「黒い/甲虫」の2語に分断されている印象を与える。事実、 Horace Howard Furness による集注版 A Midsummer Night's Dream の当該箇所には、"It is not necessary to suppose that any deadly or even venomous qualities are here attributed to spiders, any more than to beetles, worms, or snails. It is enough that they are repulsive."(下線筆者)と注釈があって、この内容自体もあとで検討しなければならないが、"black" が単なる形容詞とみなされ、省略されている。11) そして、最も重要なのは、"black beetle"=「ゴキブリ」というこの前提自体も疑いの余地があるということだ。

O.E.D. の定義に沿って、英和辞典でも "beetle" から「ゴキブリ」を見逃してないものは多く、「甲虫」という定義のあとに「甲虫に似た昆虫(ゴキブリなど)」と入れているのは、『プロシード英和辞典・改訂新版』(福武書店)、『新コンサイス英和辞典・第2版』(三省堂)、『旺文社英和中辞典』(旺文社)。『現代英和辞典』(研究社)では、「俗に BLACK BEETLE」、『リーダーズ英和辞典』(研究社)でも、「(俗に)ゴキブリ(black beetle)」、『ジーニアス英和辞典』(大修館)は、「(一般に)甲虫に似た虫; a black beetle ゴキブリ(cockroach)」。その他、"beetle" の定義不十分な英和辞典でも、別項目として "black beetle" を載せているものまで含めると、現代のほとんどの英和辞典は "black beetle"=「ゴキブリ」を自明のこととして認めている。英文学の作品からは、George Bernard Shaw の戯曲 Pygmalion (1913年) で、Professor Higgins が Eliza を叱りつけ、"If you are naughty and idle you will sleep in the back kitchen among the black beetles." とおどす場面がある。「台所」という設定からこれが「ゴキブリ」であることはほぼ間違いないだろう。また D. H. Lawrence の Women in Love (1920年) では、1915年前後のロンドンの芸術家たちの会話が描かれ、"'I'm not afraid of other things. But black-beetles - ugh!' She shuddered convulsively, as if the very thought were too much to bear." ... "'Do they bite?' cried the girl."といったやりとりが展開している。

ところが、英語を母国語とする人たちに尋ねたところ、そのほとんどが、「ゴキブリ」は "cockroach" であって、"black beetle" とは言わないと断言したのである(もちろん、その表現を知っている、という応えも含まれる)。たとえば、現在筑波大学外国人教師の Jon Silkin 氏(1930年生まれ)は、自然の中に息づく生命を詠う詩人として名高いが、都会ロンドンに生まれ、森の多いダラムやニューカッスルに長く居住しているその彼が、「ゴキブリ」を "black beetle" と聞いたこともないし、言ったこともないと述べた。氏は、その後も知りあいのイギリス人に確認し、電話でロンドン在住の母親にまで尋ねてくれたが、反応の程度差こそあれ、やはりみな "black beetle" とは言わないという返事であった。あることばを使用する、もしくは使用しない地域的・階層的な差異も考慮に入れなければならないが、考えられるのは、Shaw や Lawrence の時代との差異が現代すでに生じているということで、"black beetle" が「ゴキブリ」であった時期は、1920年代あたりですでに終わっていたのかもしれない。さらに自由に推測を巡らせると、1878〜1928年の半世紀を費やして O.E.D. が完成されたその時代には確かに "black beetle"=「ゴキブリ」であったとして、それはごく限られた時期だけで使われ(「ゴキブリ」と思われる引用は1864年と1878年の2例のみ)、そして消滅した(少なくとも、現代の英和辞典がこぞって記すほどには一般的なことばではなくなった)、だけでなく、もしや O.E.D. 成立時の意味が過去の引用にまでさかのぼってその解釈に影響を与えた、ということはないだろうか。辞書に書かれているのは客観的な事実の記録ではなく、人間が下した解釈の一例でしかなく、A Midsummer Night's Dream の "Beetles" と "black" の組み合わせを「甲虫」ではなく「ゴキブリ」と読んだのは、あくまで "black beetle" が「ゴキブリ」だった特定の時代のバイアスゆえであったかもしれないのだ。(それとも、もとより O.E.D. はあの引用を「黒い甲虫」の例として出していたのか。)

あるいは、われわれがいまここで "beetle" の概念を厳密に調べているほどには、現実には、英米人のこのことばの意味範囲に対する意識は自覚的でないのかもしれない。換言すれば、"beetle" の指す昆虫の実体に対する関心がもとより希薄で、その使用範囲には現代英語としてもかなりの揺れがあるのではないか。そう感じさせるいくつかの例があり、たとえば、The Hidden House という子供の絵本童話に、森のなかの家の描写で "The house filled up with ants and beetles, mice and toads and creepy-crawlies, until it was fuller than it had ever been" (下線筆者)とあり、そこに添えられている挿絵は、「ゴキブリ」とも「甲虫」とも見分けがつかない、その両方が混ざったような虫たちの行列なのだ。12) また、Waiting for the Barbarians という現代小説には、"During the day the air is alive with flies; at dusk the blackbeetle and cockroach wake"(下線筆者)とあって、"cockroach" とは別ものとされた "black beetle" の実体をさらに疑わせている。13)

ところで、"(black) beetle" をめぐる俗信に、それを踏むと雨になる、というのがある。A Dictionary of Superstitions に数例が記録されているが、そのひとつの記述はこうなっている。訳を示すと、「(1920年代のダラム州のこと) 私がまだ歩き始めてまもないころ、1匹の "black beetle" を踏みつけてしまったら、年上の女の子たちからひどく叱られた。彼女たちは、まじめな顔で、"beetle" を踏むと雨が降るの、それも "black beetle" が一番悪いのよ、と言ったのだ。」14) 前後に挙げられている "black beetle" ないし "blackbeetle" の例が先述の通りの特定の時代のものであることも興味深いが、この記述から、"black beetle" が即「ゴキブリ」のことだとは安易に言えなくなってくる。

以上のこととあいまって、"Beetles black" の「ゴキブリ」説を揺るがせるのは、筆者が直接間接に質問し得た現代イギリスの英文学者(シェイクスピア学者を含む)たちが、だれひとりここを「ゴキブリ」とは読んでいないという事実である。たとえば、ヨーク大学の Jacques Berthou(彼は O.E.D. の引用にも気づいていなかった)、ウェールズ大学カーディフ校の Terence Hawkes, Christopher Norris, Catherine Belsey など。母国語話者の直感も手伝って、彼らはみなここを「黒い甲虫」と考え、それも比較的小さな虫をイメージしているらしい。Terence Hawkes は、この形容詞 "black" は("black beetle" という表現については知っていたが)単に他の色の甲虫と区別してのことと述べ、図鑑の「カナブン」を示した。また、Catherine Belsey の見解によれば、妖精の子守り歌に登場する生き物たちは、多少 "nasty" なものもあるが "harmless" で、必ずしも嫌われる種類ではない、とのこと(前掲 Furness の注 "they are repulsive" と反応が相違している)。彼女は、さらに、A Midsummer Night's Dream のこの "lyrical" な場面に、本当に害のある "serious" な生物はふさわしくない、と語った。15)

そもそも「ゴキブリ」を「甲虫」の仲間に入れるという雑駁な意識自体、英語文化圏の昆虫に対する関心の薄さを物語っている(両者の決定的な相違は、「甲虫」がサナギの時期を持つという点だ)。もとをただせば、その責任の一端は、学名の創始者、スウェーデンのリンネにもあるらしい。彼は、1758年に「ゴキブリ」10種を選び鞘翅目に所属させたとのことだが、その後も「ゴキブリ」は、長く直翅類(バッタやコウロギ)として分類されたり、カマキリと一括されたり、さまざま憂き目に会ったが、現在では独立した「ゴキブリ目」の地位を確保している。もっとも、「ゴキブリ」を「甲虫」扱いしてきたのは彼らばかりとは言えず、命名の問題なのでやや事情は異なるが、日本でも昔は「ゴキブリ」を(その卵が財布の形に似ていることから)「コガネムシ」と呼んだ地方があった(茨城県出身の野口雨情による童謡「黄金虫」は、「チャバネゴキブリ」のことを歌にしたもの、というのが真相)。16)

英語の "beetle" が意味する領域については、そのことばがもともと大小さまざまな虫を含むということも原因してか、過去においてもかなりいいかげんな使われ方をしてきた。シェイクスピアと同時代に編纂された英語訳の欽定聖書(King James Version, 1611)には、ただ一度だけ "beetle" が登場しているのだが、その指す昆虫の実体は不可思議である。旧約聖書の「レビ記」で、忌むべきものとして、食べてはならない生き物を列挙したあと(11:9-19)、「また羽があって四つの足で歩くすべての這うものは、あなたがたに忌むべきものである」(20)(以下、日本聖書協会訳)と続き、ただし、それらのうち、「その足のうえに、跳ね足があり、それで地の上ををはねるものは食べることができる」("which have legs above their feet, to leap withal upon the earth", 21)とある。そして、その例に、原文では、"Even these of them ye may eat; the locust after his kind, and the bald locust after his kind, and the beetle after his kind, and the grasshopper after his kind." (22) となっている(下線筆者。訳は、「移住いなごの類、遍歴いなごの類、大いなごの類、小いなごの類」)。ここでの "beetle" は、これだけが「地の上をはねる」という直前の説明に合わず、いかにも奇妙だ。おそらく聖書原典の対応箇所で言及している生物は、鞘翅目に属する「甲虫」とは異なるものなのだろう。ちなみに、改訂された New King James Version (Thomas Nelson, 1982) では、この箇所が "locust, destroying locust, cricket, grasshopper"(下線筆者)に変えられている。それにしても、これら昆虫を「羽があって四つの足で歩くすべての這うもの」(下線筆者。Revised Standard Version の英訳では、"winged insects that go on all fours")17) とすることからして事実に反し、"insect" 自体の概念の揺れを示している(O.E.D. の教えるところでは、この語の意味範囲は相当に広く、カエルやカメまで含んだ時代がある)。

ともあれ、ここで再度 "beetle" の「甲虫」としての概念に戻って整理してみなければならない。昆虫の分類学上の定義としては、"beetle" は確かに「カブトムシ」を含む「甲虫」だが、"beetle" ということばで英語文化圏の人たち、とくにイギリス人が思い浮かべる「甲虫」は、日本語の「カブトムシ」とずいぶん異なるようだ。Macmillan Dictionary for Children (Macmillan, 1976) は子供のために簡単な語義と挿絵を示した辞書で、その "beetle" の項目に描かれている昆虫は、テントウムシ、ホタル、カメムシという、われわれの思惑よりはるかに小さなものも含む多種多様の昆虫となっている。このあたりが "beetle" という種目の最も忠実な描写なのだろうが、ここに「カブトムシ」はいない。われわれになじみのある「カブトムシ」に最も近い形態の、しかしグロテスクなツノを掲げる「オオツノカブトムシ」または「サイカブトムシ」は、"rhinoceros beetle" と言い、『リーダーズ英和辞典』には「熱帯産」と付記されている。A Colour Guide to Beetles といった図鑑を見ると、端正な1本ツノの生えたいわゆる日本の「カブトムシ」(Allomyra dichotomus)はアジア産とあり、「オオツノカブトムシ」ともども、もとよりエリザベス朝のイギリスには存在していなかった可能性が強い。あるいはこれは、現在でもイギリスの森や林で普通に見かけられる類の昆虫ではないのかもしれない。身近な Silkin 氏に再び尋ねたところ、これまで氏の視界には「カブトムシ」ないし "rhinoceros beetle" が入ってきたことはないとのことであった(フランスの昆虫学者ファーブルの『昆虫記』には、「オウシュウサイカブト」"European rhinoceros beetle" という巨大なものが登場するが)。

先ほど引いた A Dictionary of Superstitions には、"beetle" にまつわるものとしてもうひとつ、"beetle" を身につけていると病気が治るという記述が報告されている。この項には、時代の大きく離れた3つの例が挙がっており、ひとつは、紀元77年、ローマのプリニウスによる『博物誌』で、"stag-beetle"「クワガタムシ」を子供の首にかけておくと良い、といったものと、1040年には、"dung beetle"「タマオシコガネ」におまじないを言って背後に投げる(そして振り返らない)という方法、そして、1866年の、"black beetle"「?」を首にかけておくと咳が止まる、という話である。われわれにとっては異なる虫のように見えるこれらが、共通の迷信の対象になっている事実は、"beetle" という概念の鷹揚な包括性を端的に語るものだろう。

さまざまな色や形の虫を含む "beetle" ではあるが、一方、英語話者が "beetle" と聞いたとき、実生活のレヴェルにおいてまず最初にイメージするのはもう少し狭い範囲の昆虫であるかもしれない(あるいは、代表格の "beetle" がイメージの中心を占め、他の "beetle" がその背景に控える、といった構図か)。参考になるのは、What's What を翻訳した『英語図詳大辞典』(小学館)で、この "beetle" の項のもとに大きく1種だけ描かれている図柄は、2本ツノの「クワガタムシ」("Hercules beetle" と書いてあるが "stag beetle" だろう)である。Longman Lexicon of Contemporary English (Longman, 1981) の "Insects" の項目にはさまざまな昆虫のイラストが示され、"beetle" として描かれているのは、スペースの関係もあってか1種だけ、それも「クワガタムシ」である(ツノは "mandibles" と記されている)。The English Duden: A Pictorial Doctionary (Harrap, 1960) には4種の "beetle" が線画で書かれ、テントウムシ、カミキリムシ、コガネムシを率いて、身体部分の詳細な英語説明とともにそれらの先頭を占めているのが、また「クワガタムシ」。最新の The Random House Encyclopedia (The New Rev. 3rd ed., 1992) は "Colorful bugs and beetles" のページに17種の多彩な "beetle" を詳解しているが、その第1番目が「クワガタムシ」。変わったところでは、これはフランスだが、J. J. Granveille による風刺画集『当世風変身』(1869年)の一葉に、「甲虫」たちが司教や聖職者に扮して行進する図があり、えんえんと続く行列の最後尾に(図では最も近景に、つまり最も大きく)描かれているのも、やはり「クワガタムシ」である。18) そして、Silkin 氏に、"beetle" と聞いて第一に想起する昆虫はどれか、と昆虫図鑑を示したら、氏が躊躇なく指差したのも、「クワガタムシ」であった。前掲の A Colour Guide to Beetles によれば、「クワガタムシ」は "the largest and probably best known European beetle" とあり、多分このあたりがイギリス人にとっても最もなじみ深い「甲虫」なのかもしれない。

とすると、妖精の子守り歌に歌われ忌避された "Beetles black" とは、「クワガタムシ」のことだったのではないか。「カブトムシ」が黒いなかにもやや茶色味を帯びているのに対し、漆黒の「クワガタムシ」は、「カブトムシ」よりはるかに獰猛で、その2本のツノには人間さえも威嚇される。そして、ツノが2本あるということは、西欧文化では、"cuckold"(寝取られ男)のしるしだったりもするが、なによりも「悪魔」を象徴する。してみると、"black" は余剰表現であるどころか、邪悪な悪魔の黒魔術を暗示するのではないか。そう言われれみれば、あの歌でコーラスによって繰り返しリフレインされた部分は「「

Nor spell nor charm

Come our lovely lady nigh.

呪文も、魔法も

女王さまに近づくな

そして、思い出さなければならないのは、あの「ヘビ」だ。この悪魔の化身も、歌のなかでは "You spotted snakes with double tongue" と形容され、「クワガタムシ」と同様の「ふたまたに分かれた」舌を持っていた。

『ジーニアス英和辞典』(大修館)の "beetle" の説明に、「甲虫(カブトムシなど;残忍・暗闇・不吉などの象徴)」とあるように、古くから "beetle" が悪魔(魔女)のもの(使い魔?)とされてきたのもよく知られている。Thomas Heywood の芝居 The Witches of Lancashire にその言及があり、19) シェイクスピアでは The Tempest のキャリバンが、"...Of Sycorax, toads, beetles, bats, light on you" (I.ii.343) と呪いをかける。もし "beetle" が2本のツノを持つ黒い獰猛な「クワガタムシ」としてイメージされているなら、これらの不吉な属性はたやすく了解できよう。

ちなみに、「クワガタムシ」という名称は、かぶとの「鍬形」から来ている。「鍬形」とは、『新潮国語辞典』(新潮社)によると、「兜(カブト)のまびさしの上に、二本の角のように立てた金物[平家七・実盛最期]」を指す。要するに、「クワガタムシ」は「カブトムシ」のことで、かつては地方によって「クワガタムシ」を「カブトムシ」と呼んでいたところもあったらしい。とすれば、"Beetles black" が「クワガタムシ」のことであっても、歴代の翻訳はあながち間違いというわけではなくなる。

では、"Beetles black" は「クワガタムシ」か。「ゴキブリ」同様、その可能性を完全に否定してしまうことはできないが、しかし、「ゴキブリ」のときとまったく同じ問題が残される。すなわち、シェイクスピアが使った "beetle" の他の例に関してである。「クワガタムシ」の2本のツノに特殊な意味作用を付与するのであれば、シェイクスピアはそのことを劇のなかで明示的に表現したであろう。だが、後述するように、牛の糞から生まれ、堅い羽根に包まれた、取るに足らない小ささ、という詳細な属性が繰り返し描写されながら、それよりはるかに弁別的な特徴となるはずの「2本のツノ」について、ただの一度も言及されたことがないのだ。語られていないことに対する推量という点では、「ゴキブリ」と「クワガタムシ」は同程度に可能性が薄いと言わざるを得ない。

シェイクスピア劇で言及される「ツノ」(horns)は、実は、"devil" についてもないわけではないが("Let's write 'good angel' on the devil's horn", Measure for Measure, II.4.16)、圧倒的に "cuckold" に関してであることが多い("the devil, and we shall know him by his horns", The Merry Wives of Windsor, V.ii.3 という例も、フォールスタッフの付けた "cuckold" のツノを指している)。その「ツノ」を頭に掲げているものとしてよく出されるのは、"bull" と "deer"、そして意外な生物は、"snail"「カタツムリ」である("the tender horns of cockled snails", Love's Labour's Lost, IV.3.314 など3例)。20) 思えば、この「カタツムリ」は妖精の子守り歌の最後に登場したわけだが、「カタツムリ」でさえ「ツノ」について語られるのに、"beetle" がいっさい「ツノ」と結びつけられていないのは、やはり「クワガタムシ」の可能性が少ないことの証左と考えなければならない。

結局われわれは、このようにシェイクスピアの作品そのものへと戻ることになる。シェイクスピアにとって "beetle" がいかにイメージされていたか、それを作品に則して知ることしか、もはやわれわれには許されないのだ。彼は、全作品中、"beetle" という単語を11回使っていて、その内訳を前掲 O.E.D. の定義に従って分類すると、「槌」(名詞T−1)が1回、「愚かな」(名詞T−3)が1回、「甲虫」(名詞U−1)が6回、「黒い甲虫/ゴキブリ」(名詞U−2)が1回、「突き出た」(形容詞)が1回、「突き出る」(動詞T−1)が1回、となる(O.E.D. では、その各項に1例ずつシェイクスピアの引用が記載されている)。そのうち直接に関連するのは名詞Uの計7例だが、これら7匹の「甲虫」は、そのコンテクストからさらに3種に分けられる。

ひとつは、すでに見た「無気味な/不吉な虫」としての「甲虫」で、A Midsummer Night's Dream の当該箇所、および The Tempest の前掲例(わずか2例というのも意外で、それぞれが O.E.D. ではさらに1と2に意味区分されている。すでに紹介したように、Catherine Belsey にとっては Midsummer の例はここに入らない)。そして、第2のグループに属するのは、King Lear でエドガーが盲目の父に仮想の岸壁からはるか下を描写し、"The crows and choughs that wing the midway air / Show scarce so gross as beetles." (IV.v.14)「崖の中腹を飛んでいるカラスや紅嘴ガラスが/甲虫ほどの大きさにも見えない」と語るせりふ。および、Measure for Measure でイザベラが死刑の宣告を受けた兄クローディオに、"Darest thou die? / The sense of death is most in apprehension; / And the poor beetle that we tread upon / In corporal sufferance finds a pang as great / As when a giant dies." (III.i.77)「死ぬのがこわいの?/死ぬのは想像するからこわいのよ。/踏みつぶされる哀れな甲虫でも/死の苦痛は変わらないわ/巨人が死ぬのと」と言う部分。ここで表現されているのは「取るに足らない小さな/つまらない虫」としての「甲虫」であろう(どちらの例も死を暗示する場面で語られているが、"beetle" 自体に「無気味な/不吉な虫」のイメージは重ねられていない)。このグループに属するのはあと1例、Cymbeline において、追放されたベレーリアスが "it is place which lessens and sets off" (III.iii.13)「ものが大きく見えるのも小さく見えるのも位置次第」と視点の相対性について語り、"And often to our comfort shall we find / The sharded beetle in a safer hold / Than is the full-winged eagle. (19-21)「安心することがよくあるものだ/堅い羽根に包まれた甲虫の方が/大きな翼をもつワシよりも」と例示するとき、やはりその「小ささ」が強調されている(アト・ド・フリース著、山下主一郎他訳、大修館『イメージ・シンボル辞典』によると、ワシは甲虫を餌にすると信じられていた)。

最後の例は "shard" という単語が "the scaly wing-cases of beetles" 21)「堅い羽根」という意味で用いられているが、第3のグループは、この "shard" をそれとは別な意味で伴う "beetle" の2例である。Antony and Cleopatra でアグリッパが、"Both he loves." 「彼[レピダス]は2人同時に[シーザーとアントニーを]愛してしまった」と言うと、イノバーバスが、"They are his shards, and he their beetle." (III.ii.20)「彼が "beetle" なら、2人はその "shards" だ」と述べる。この "shards" をも「羽根」と読む評者はいるが、22) 正しくは、O.E.D. の名詞Uで定義された "A patch of cow-dung"「牛の糞」であろう(Antony and Cleopatra のこの箇所が引用されている)。23) O.E.D. の解説では、「羽根」という意味の "shard" は名詞Wで "The elytron or wing-case of a coleopterous insect" と定義されており、しかしこれは、名詞T "A fragment of broken earthenware" 「破片/殻」(Hamlet, V.i.254 "Shardes, Flints, and Peebles." の引用あり)の連想から誤解されたもので("Evolved from a misunderstanding of Shakspere's use in Shard-born")、その筆頭として、Samuel Johnson, A Dictionary of the English Language (1755) における "Shardborn" の説明("Perhaps shard in Shakespeare may signify the sheaths of the wings of insects.")が挙げられている。従って、Antony and Cleopatra の比喩は、イノバーバスのレピダスに対する最大の軽蔑表現と考え、"shards" を "dung patches" ととるのが妥当だろう。24) 同種の「甲虫」は、あと1例、Macbeth の "The shard-borne beetle" (III.ii.43) に見られ、25) つまりこれらは「タマオシコガネ」、いわゆる「スカラベ」のことではないか。

「スカラベ」は、「甲虫」を表わすギリシア語の "karabos"(英語の "crab"「カニ」もこれを語源としている)がもとで、ラテン語の "scarabaeus" から来ている。古代エジプトの太陽神ケペラを象徴する黄金虫としても知られ、牛や馬の糞を玉にして運ぶその習性ゆえ、太陽の運行を支配し、また土中にもぐり現われる様子から死と再生を司るとして、神格化された。26) エジプトを背景のひとつとする Antony and Cleopatra であってみれば、「スカラベ」の登場も理にかなうが、もうひとつの例、王殺害の逡巡を棄てたマクベスの決意とともに飛ぶ "beetle" は、第1の「無気味な/不吉な虫」にも矛盾なく符合するばかりか、先の2例にもまして明瞭にその悪魔性と直結させられている「「

Ere the bat hath flown

His cloistered flight, ere to black Hecate's summons

The shard-borne beetle with his drowsy hums

Hath rung night's yawning peal, there shall be done

A deed of dreadful note.

(III.ii.41-45)

コウモリがわびしく

飛びはじめ、そして黒衣のヘカテに呼び出され

糞より生れし甲虫が、眠気をもよおす羽音で

夜のあくびを誘いつつ鳴り響き渡るそのまえに

世にも恐ろしい行為がなされることになるだろう

これに続いてマクベスが語るように、"beetle" は "night's black agents to their preys" (54)「獲物を求める夜の暗闇の手先ども」に数え上げられ、「コウモリ」「黒」「夜」「恐ろしい行為」とともに一連の不吉なイメージ群を形成している。27) 神に近い「スカラベ」が悪魔の使いに化身してシェイクスピア劇に蘇った経緯は謎だが、神的な誓いと魔的な呪いとは紙一重なのか、われわれは "beetle" のたどった数奇な宿命の到達点だけをここに見ることになる。28)

シェイクスピア劇の "beetle" は、以上3種が互いにイメージを交錯させ、そのときどきの強調点を変幻自在に移行させながら、共存していたように思われる。そして、われわれにとって、もはや理解不能になったのは、第1の「無気味な/不吉な虫」としての "beetle" の、とりわけ「不吉さ」だが、これは、"beetle" が「ゴキブリ」だからとか「クワガタムシ」だからという理屈による説明を越えた、むしろイメージそのものの断絶ととらえるしかないだろう。したがって、感覚的に "beetle" は「無気味な虫」だからという理由づけからさえも離れて、単に丸い小さな "beetle" に、歴史のどこかで「不吉な虫」のイメージが重ねられたと考えるしかない。

マクベスの語ったこの不穏な情景とつながるのが、その150年ほどあと、Thomas Grey によって書かれた "Elegy Written in a Country Churchyard" (1751) の冒頭「「

Now fades the glimmering landscape on the sight,

And all the air a solemn stillness holds,

Save where the beetle wheels his droning flight,

And drowsy tinklings lull the distant folds;

               (5-8)

ほの光る風景も、わが前に消えてゆき

おごそかな静寂がまわりの大気を包む

わずかに、かぶと虫が羽音も重く飛びまわり

遠くの羊の宿からは眠い鈴の音が聞こえてくる。

                (福原麟太郎訳)

この両者は、ほとんど陰画と陽画の関係にあると思えるほど、光と音、そして詩全体に漂う空気といったものが対照的に描かれている。後者はいかにものどかで平和な、現在のイギリスにも残る田園風景だが、ここでも "beetle" の眠気を誘う羽音が響きわたり、Macbeth の世界からの、あるいは Macbeth の世界への、反転のための軸となって飛んでいる。ごく普通の、どこにでもある場所の、どこにでもいる虫、何の変哲もない "beetle" の、そのものうげな羽音に、悪魔の声を聞き取る精神性が、いまは失われていても、シェイクスピアの時代には確かにあった、ということなのだろう。

さて、"Beetles black" に戻らなければならない。「無気味な/不吉な虫」「取るに足らない小さな/つまらない虫」「スカラベ」という3種のイメージのうち、ここで強調されているのは、やはり「無気味な/不吉な虫」の、とくに「無気味」の方だろう。「呪文」「魔法」と歌われてもいるので、その悪魔性をかたくなに排除するまでもないが、この "beetle" は、「毛虫」や「カタツムリ」など地を這う不快な生き物どもと同列に並べられているのだ。してみると、"black" に深読みの必要もなく、シェイクスピア好みの詩的な頭韻として自然に "Beetles" から引き出されてきたのだろう。「無気味な」"beetle"、「不快な」"beetle"、といったイメージがわれわれには最後まで釈然としないが、これこそ文化の差異、かくあるものと意識を切り替えなければならない。前掲 The Random House Encyclopedia の説明文冒頭に "The order of bugs (Hemiptera) and beetles (Coleoptera) are often regarded with distaste and distrust and lumped together in popular language as 'beetles.'"(下線筆者)とあり、これに Furness の言う "they are repulsive" をあわせて信じ、ティターニアの安眠を願う妖精たちの歌に唱和するべきなのだろう。

空欄にしておいた "Beetles black" の訳語を決めて本稿を閉じよう「「

Beetles black, approach not near;

黒い甲虫、近づくな

「くろい」「こうちゅう」とせめてK音の一致を気安めに、結局は何ら新規なことばが発見できたわけではなく、その背後の遠大な概念の相違をほのめかす術すらない。異なる文化の生み出した豊穣なイメージをまえにして、外国語を日本語へと移しかえること自体のなかには何の解決も見出せないことが空しく理解されるのみである。

                    注

* 本稿を執筆するにあたり、本文中に言及した方以外にも、東京農工大学の船倉正憲氏はじめ、筑波大学文芸言語学系の先生方、大学院生等、多くの方から "beetle" に関する資料を提供していただいた。

1) 以下、シェイクスピア劇からの引用は、Stanley Wells and Gary Taylor (eds.),

The Complete Oxford Shakespeare (Oxford Univ. Press, 1986) に従う。

2) 小稲義男編『新英和大辞典』第5版(研究社、1980)

3) C. T. Onions (ed.), rev. Robert D. Eagleson, A Shakespeare Glossary (Oxford

Univ. Press, 1986).

4) ただし、 G. Blakemore Evans, et al. (eds.), The Riverside Shakespeare

(Houghton Mifflin, 1974) では、"spinners" の箇所に "spiders or (Cairncross)

daddy-longlegs" と注釈を付し、足長グモという特定の種類を指す可能性も残して

いる。

5) C. T. Onions, ibid.

6) "Newts, blind-worms, and spiders were all thought to be poisonous.", G.

Blakemore Evans, ibid.

7) A Midsummer Night's Dream in Shakespeare Made Easy Series (Modern English

Version) edited and rendered into modern English by Alan Durband (Stanley

Thornes, 1984).

8) 以上の事実は桑原博史氏の教示による。

9) James O. Halliwell (ed.), The Works of William Shakespeare (1865; AMS

Press, 1970).

10) S. A. Simpson, E. S. C. Weiner (eds.), The Oxford English Dictionary, 2nd

ed. (Oxford Univ. Press, 1989).

11) Horace Howard Furness (ed.), A New Variorum Edition of Shakespeare (Dover

Publications, 1985/1963), p. 103.

12) Martin Waddell, The Hidden House, illustrated by Angela Barrett (Walker

Books, 1990).

13) J. M. Coetzee, Waiting for tha Barbarians (Penguin Books, 1980/1982).

14) Iona Opie, Moira Tatem (eds.), A Dictionary of Superstitions (Oxford Univ.

Press, 1989).

15) 以上、ウェールズ大学の3教授の意見については、現在カーディフ校に留学中の筑

波大学大学院生・橘亜紗美氏の助力による。

16) 以上の情報は、安富和男『ゴキブリ3億年のひみつ』(講談社、1993年)による。

17) ただし、通常は、"RSV [Revised Standard Version] calls them 'winged insects

that go on all fours', but this must mean winged creatures which also

creep." と理解されている(Peake's Commentary on the Bible, eds. Matthew

Black and H. H. Rowley, Thomas Nelson and Sons, 1962, p. 247)。

18) 荒俣宏『図像探偵』(光文社、1992年)より。

19) The Dramatic Works of Thomas Heywood, vol. 4 (Russell & Russell, 1964), p.

207.

20) Caroline Spurgeon は、シェイクスピアにとって "snail" は "one of the most

delicately sensitive organisms in nature" であったと述べている(Shake-

speare's Imagery and what it tells us, Cambridge univ. Press, p.107)。

21) Alexander Schmidt, Shakepeare Lexicon and Quotation Dictionary (Dover,

1971).

22) M. R. Ridley (ed.), Antony and Cleopatra (Methuen, 1965), "The shards are

properly the horny cases or sheaths of the insect's wings." (p. 97)

23) Onions は "Shard may also mean 'patch of cow-dung'; and some have seen a

reference in Ant 3.2.20 to the shard-beetle, which is born and lives in

dung, but this interpretation seems unlikely." と反論している。

24) Emrys Jones (ed.), Antony and Cleopatra (Penguin Books, 1977).

25) Kenneth Muir は、Macbeth のこの例について、"dung-bred" とする O.E.D. を

Baldwin, Shakespeare's Small Latine が指示していると紹介し、自身は「堅い羽

根」との "quibble" の可能性も示唆する(Macbeth, Methuen, 1951)。同じ行に

「羽音」があることなどから考えると、Muir の提案するように、「糞より生まれ

/堅い羽根もつ」という意味の重層性を読むのが妥当なのかもしれない。

26) 今森光彦『写真昆虫記・スカラベ』(平凡社、1991)

27) Armstrong, Shakespeare's Imagination, pp. 18-24. Cited by Kenneth Muir,

ibid.

28) 聖なるものの悪魔性といったイメージは、Edgar Allan Poe, The Gold Bug (1843)

にも見られる。ここでは「黄金虫」が "scarabaeus" と導入され、しかし、物語中

は一貫して "beetle" と称される。その姿は "a skull, or a death's-head" に似

て、"this infernal beetle", "the index of fortune" と形容されている。