インターネットと文学研究

加藤行夫/境野直樹

インターネットとは

 世界中のコンピュータをつないだ全地球規模の情報ネットワーク、インターネットがいま話題を集めている。インターネットは、その歴史を、米ソ冷戦中の1960年代、アメリカ国防総省が水爆戦に備えて計画した大型コンピュータの相互接続にまでさかのぼる。70年代後半に入り、研究・教育機関で、とくに理系の学術情報交換のためにコンピュータ・ネットワークが利用されはじめ、80年代にはこれらが統合されてインターネットと呼ばれることになる。そして、90年代、商用化の波とともに急速に人気を高め、企業や民間の情報伝達にとっても不可欠のメディアになりつつある。本稿では、日本ではやや立ち遅れていると見られる文系分野(とりわけ文学研究)でのインターネット利用について考えてみたい。

 以下に書かれていることを読者が実際に行なうには、さして難しい手続きがいるわけではない。まず必要なのは、パソコンもしくは通信機能のあるワープロ。そして、インターネットに接続された大学等の研究・教育機関に所属している人は、学内のイーサネットとパソコンとをIP(Internet Protocol)接続し(電話回線で代えることができる場合もあるが、モデムが必要)、当該機関の情報センターに登録して"username@host.domain.ac.jp"という形式のメール・アドレスを取得する。最後に、パソコンの場合、必要なソフトウェア(情報検索と電子メール用のプログラム)をインストールして完了となる(これらの準備に関する詳細は各機関の情報センターに問い合わせられたい)。また、所属機関がインターネットに接続されていない人も、個人で大手のパソコン通信に加入すれば、そのIDがメール・アドレスとして使える(たとえばNIFTY-Serveの場合、NIFTYのIDのあとに"...@niftyserve.or.jp"と加えたものがインターネットのアドレスになる)。

 さて、文系分野がインターネットに対して求めることのできる有用性は、基本的に理系と変わるものではない。それは、大きく「電子データ」と「電子メール」の2点にまとめることができるだろう。

文学作品の電子データ

 1986年に刊行されたオックスフォード版シェイクスピア全集は、その3年後に"Electronic edition"としてフロッピー・ディスクで売り出された。われわれが高価なそれを購入せざるを得なかったのは、電子化されたデータが、書籍のかたちのテキストでは困難なことをいともたやすく可能にしてくれるからだった。それは、原文の引用や加工についてはもちろん、何よりも検索に関して言えることである。人間の記憶だけを頼りに探したり、ひたすら眼でたどったりすれば膨大な時間がかかることを、コンピュータは瞬時のうちにやってのける。シェイクスピアなど主要な古典作品にはすでにコンコーダンスがあるが、それでも、複数の語句を近接する範囲で探すといった作業はコンコーダンスでもできない。コンピュータであればわずか数秒の仕事で、これは、作品そのものを一種のハイパーテキスト(関連づけられ構造化された情報)として読むことにも通じ、作家の表現のメカニズムにより容易に接近でき、ひいては文学作品を読むという行為そのものを、従来の直感的・感性的なものから数量的なものに変質させ、あらたな読みの可能性を発見させてくれる契機ともなるだろう。

 ネックは、これら市販された電子データが高価であるという点だった。しかし、ここにきて無料の(ないし極めて廉価の)データがインターネット上で提供されはじめている。試みに、後述するSHAKSPERあてに電子メールで"GET HAMLETQ1 SAMPLE SHAKSPER"と送ってみよう。ほんの数分後に第一クォート版Hamletのサンプルが送られてくる。また、オックスフォード大学コンピュータ・サーヴィス(archive@vax.oxford.ac.uk)にカタログを請求すると、Oxford Text Archiveが作成中の文学作品全データの目録が返ってくる。現在すでに約1,500タイトルという大量のデータを揃えているが、西暦2,000年までに10,000タイトルをめざしているという。このリストにあるデータは有料で、郵送によるが、たとえば"Authoritative Texts of the First Folio and All Quartos of Shakespeare"という貴重なテキストの電子データが£45、と市販されている上記"Electronic edition"の約10分の1という安さである。

 これも後述するWWWを使えば、英米文学のみならず、フランス、ドイツ、ロシアなど、世界の小説、劇、詩、思想の全文をいながらにして入手できる。Project Gutenbergというヴォランティアの活動が、まさにその名称にふさわしく、電子テキストの無料配布による新しい出版のありようを探っている(ftp://mrcnext.cso.uiuc.edu/pub/etext. その他、http://www.cs.cmu.edu:8001/web/books.htmlも宝庫。なお、ファイル転送コマンドftpおよび後述のオンライン図書館検索に必要な仮装端末コマンドtelnetについては、いずれもマニュアルつきで無償提供されるプログラムが存在する)。ここでは、BeowulfやEverymanなどの古いテキストも、ベン・ジョンソンの主要な劇も大作Middlemarchも、そしてミルトン、ディケンズ、ハーディ、ジョイスはもちろん、メルヴィルもポーもホーソンも、モンテーニュもゲーテもトルストイも、果てはプラトン・アリストテレス全集に至るまで、すべてタダなのだ。

オンライン図書館検索とWWW

世界中の主要な研究・教育機関の図書館の多くは、そのインデックスの電子化を完了しており、"ftp://ftp.unt.edu/pub/library"で各図書館のアドレスと接続方法についての情報が入手できる。たとえばケンブリッジ大学の図書館には"telnet sun.nsf.ac.uk"でアクセスでき、ログインしたら"janet"、ホストネームに"uk.ac.cambridge.university-library"と入力すればよい。また、"telnet 192.35.222.222"でカリフォルニア大学のMELVYL検索システムを経由してUnCoverに接続すれば、雑誌論文の検索はもちろん、Fax配信で現物を数時間後に読むことも可能だ。

最近の急激なインターネットブームを支えているのが、新しいネットワーク資源であるWWW(World-Wide Web)、およびそれに使用される通信手順httpである。この環境では、従来の文字データのみによるtelnetやftpと異なり、画面に表示される文字や絵をマウスでなぞるだけで、ホスト間の移動を意識することなしに、ひたすら情報の中身だけを追っていける。極論すれば、コンピュータやインターネットの仕組みについて何も知らなくても、十分利用できるのだ。また、telnetやftpが、目的の情報がどこにどのようなファイル名で存在するかをあらかじめ知っていなければ使えないのに対して、WWWならば、どこかひとつ豊富な経路情報をもった出発点さえ見つければ、あとは次々にハシゴして(道草も知的刺激満載)目的の情報にたどり着くことができる。ルーブル美術館に入り込んでダリの絵を鑑賞するのも夢ではない(http://www.cnam.fr/louvre/paint/auth/dali/)。WWWは静止画、動画、音声なども取り込め、しかも自由自在に検索できるデータ形式をとっている。これにより、たとえばCardiffのMovie Database(http://www.msstate.edu/Movies/)のように、以前では考えられなかったような方法での情報の整理、体系化が次々と進められている。文学テクストの操作へのひとつの応用例として、"http://oregon.uoregon.edu/~rbear/index.html"でSir Philip SidneyのDefense of Poesyを覗いてみよう。これは、本文中の注釈番号をマウスでクリックすると、後注の該当個所を自動的に表示する。この便利な環境を手に入れるためには、使用するパソコンでMosaic, NetscapeなどのWWWクライアント用のプログラムが実行できる環境が必要である(ちなみにこれらのプログラムもインターネット上で無料で入手できる。WindowsやMacintoshをお使いなら、これを利用しない手はない)。筆者の最近の収穫は、Library of Congress提供の"1492 Exhibition"(http://sunsite.unc.edu/expo/1492.exhibit/)。内容は6つのパートに分類されており、新世界と旧世界の対比、コロンブス、植民地主義など、博覧会のハイライトの鮮明な図版を研究室にいながらにして堪能できる。プリントアウトできるので、いつか講義で使えそうだ。

電子メール/メーリングリスト

WWWが専用プログラムを実行するためのパソコンを必要とするのに対し、通信機能さえ備えていればワープロ専用機でも利用できる電子メール(E-mail)は、一対一のコミュニケーション手段として、電話と手紙のメリットを同時に兼ね備えている。その気になれば、海外の相手と短時間のうちに何度もメッセージのやり取りができ、自分あての電子メールが到着していても、仕事を中断される気づかいはない。読む時間ができたときに読めるという意味で、それはFaxに近いとも言える。そして、電子メールがもつ最大のメリットは、所属機関のネットワークを使用すれば一切が無料ということだ。海外では、電子メールを駆使して論文などの共同執筆が行なわれることもあると聞き、試みにすべて電子メールの交換だけで書いたのが本稿である。それは単なる分担執筆ではない、実際の対話にも匹敵する通信の速度と頻度が、異なる個性の融合を可能にする好例となったと実感している。

 ところで、複数の人間で議論したい場合、ひとつの文章を同時に多数の相手に送信することができ、それに対する回答も同じく全員に配布されれば便利である。メーリングリスト(Mailing List、以下MLと表記)はこれを実現する。議論したい仲間を登録しておけば、あるアドレスに出されたメールが登録者全員に配送されるしくみである。メンバーは議論を傍観することも、途中から参加することも、もちろん新規にそのグループにふさわしい内容の議論を仕掛けることもできる。ある作品のある場面をめぐる疑問や解釈、学会の企画や案内、研究会の日程調整、call for papers、文献の照会から求人まで、利用のメリットは計りしれない。このような場が今後いっそう活用されるにつれ、いわゆる象牙の塔のなかの権威主義的学問は根底から揺さぶられ、学術情報そのものが断片化されるととに自由化され、迅速かつ活発な発表や交換を促進し、つまりは研究のありかた自体が変化してゆく可能性もあるのではないか。現在インターネット上にある文学関連のMLは、世界的規模のものだけで60を越えている(95年3月現在 gopher://gopher.usask.caによる)。ここでは一例として、大規模なリストSHAKSPERを簡単に紹介しよう。

SHAKSPER

このMLは世界中の英文学者、大学院生、演劇人から知的関心の高いアマチュアまで会員数1,000名を越え、非常に活発な議論の場となっている(John Drakakis, Andrew Gurr, Terence Hawkes, Phyllis Rackinなど、おなじみの名前も見える)。登録するには、インターネットで電子メールが使えさえすればよい。宛先は"listserv@vm.utcc.utoronto.ca"、Subjectは空白、メールの本文に"subscribe SHAKSPER your name"とだけ入力して発送。しばらくすると、editorのHardy M. Cookから登録のために必要な手続きについてのメールが来るので、あとはそれに従えばよい。毎日到着するメールは実におもしろく、しばらく前のことだが、Stephen Greenblattがアメリカのシェイクスピア学会で行なった発表−−近代初期における"natural death"(自然死)という概念は自己矛盾している−−について延々と議論されていたし、そうかと思うと、ジュリエットの乳母の歯の数は、彼女の職業ゆえのカルシウム不足を示すと主張する人類学者の意見について、信じるに足るのか、とアマチュアが質問したりする。昨年のOhio Shakespeare Conferenceのスケジュールやセミナーのトピックはこのリストでの議論を通じて決定された。また、ローカルな上演のレビューの書き込みの後、突然Shakespeare Quarterleyが論文募集したりする。これら雑多な情報が、まったく時間差なしに世界中から発信され、同時に世界中に着信するのがMLの魅力である。

他に個々の作家専門のMLには、チョーサー、ミルトン、オースティン、ブロンテ姉妹、ディケンズ、メルヴィル、マーク・トウェイン、ピンチョン、トールキンなどが見えるし、デリダとかポストコロニアリズム、ヴィクトリア朝研究、フィチーノなど、魅力的なMLが数多く存在する。ただ、欲張ってあまり多くのリストに登録すると、1日に20通を越えるMLも少なくないので、逐一フォローするだけでも大変なことになるだろう。

インターネットへの参加を

本稿は「情報ハイウェイ」と言われるインターネットの道路標識を示したにすぎない。ここを走る者は、誰でも情報の受信者であると同時に発信者にもなり得る。そして、地球上を縦横に巡るこの情報網のロード・マップが描ければと、われわれもささやかながらMLを開設してみた。文学に限らず人文科学諸領域でのさまざまな話題について、自由かつ多角的に論じられる場をめざし、実際には、研究会の通知、文献情報の交換、各種学会のセミナーなどのための予備的な議論の場としても役立てばと考えている。また、爆発的展開をみせるインターネットの資源の最新動向についても相互に情報交換できる場となるだろう。詳細は筆者宛、電子メールで問い合わせられたい。

 本稿を導入編として、英米文学のみならず、英語学や、英語教育の現場からも、現在どのMLでどのような議論が展開中か、どのようなデータが公開されたか、といった読者からの報告が、応用編の「インターネット・レポート」として寄せられることを期待したい。

   ---Thought is free. (The Tempest)

cato@sakura.cc.tsukuba.ac.jp(筑波大学助教授)/sakaino@ariel.edu.iwate-u.ac.jp(岩手大学助教授)