言語研究の過去・現在・未来
加藤行夫
エリザベス朝のイギリスでは、政治的にも経済的にも大きな力を得てきた宮廷において、ファッションとしての詩の創作技術論が盛んに興った。スティーヴン・ゴッソンの『悪弊学校』(
Stephen Gosson, Schoole of Abuse, 1579)に端を発して書かれたとされるフィリップ・シドニーの『詩の擁護』(Sir Philip Sidney, The Defence of Poesie, 1595)がその最たるもので、言語芸術の虚構としての意義を讃えつつ、その技法を説いた点で重要である。ときを同じくして続々と修辞学教本が出版され、今日残存しているものだけでも20数種に及ぶ。よく知られたものに、エイブラハム・フローンスの『アルカディア修辞学』(Abraham Fraunce, The Arcadian Rhetorike, 1588) やジョージ・パトナムの『英詩の技法』(George Puttenham, The Arte of English Poesie, 1589)、あるいはトマス・キャンピオンの『英詩技術論』(Thomas Campion, Observations in the Art of English Poesie, 1602)とそれに反論したサミュエル・ダニエルの『韻律の擁護』(Samuel Daniel, A Defence of Ryme, 1603)などがある。なべてこれらは、言語を駆使して作品を構築することに対し初めて自意識的になった成果であり、広義の言語研究の、いわば事始めと言えるだろう。もちろん客観的かつ体系的な言語研究の登場には今世紀を待たなければならなかった。およそシェイクスピアの言語を論じたものとして、まず筆頭に挙げるべきは、シスター・ミリアム・ジョーゼフの『シェイクスピアが用いた言語技術』(
Sister Miriam Joseph, Shakespeare's Use of the Arts of Language, 1947)だろう。シェイクスピア劇に現われる言語的・文体的技巧の数々を網羅的に整理した古典的な研究書だが、本書の眼目は、エリザベス朝時代に流布していた前掲の教本すべてに戻り、当時常識的素養として修得させられた文法および修辞学と論理学を復元することにある。ことは宮廷だけの問題ではなく、同時に街のグラマースクールにおいてもギリシア・ラテンの修辞学が教えられていた。ミリアム・ジョーゼフはそれらの手引き書を踏まえ、さらにアリストテレスやキケロにさかのぼって、エリザベス朝における創作技術の拠り所を掘り起こす。浩瀚なこの書には、"Schemes of Grammar", "Topics of Invention", "Argumentation", "Pathos and Ethos" といった大枠のなかで、修辞に関わる多数の専門用語がことごとく解説され、それぞれにシェイクスピアからの豊富な引用が付されていて、完備した索引を利用すれば現在でもほとんどシェイクスピアの言語作法辞典として使えるほどである。このようなシェイクスピアの言語の修辞的ないし技巧的側面からの研究は、現在に至るまで最も層が厚い領域を構成しており、ミリアム・ジョーゼフに続くものとして、数例のみ挙げれば、アイフォー・エヴァンズ『シェイクスピア劇の言語』(
Ifor Evans, The Language of Shakespeare's Plays, l952)、M・M・マフードの『シェイクスピアの言語遊戯』(M. M. Mahood, Shakespeare's Wordplay, 1957)、散文も視野に入れたミルトン・クレインの『シェイクスピアの散文』(Milton Crane, Shakespeare's Prosea, l951)、ブライアン・ヴィカーズの『シェイクスピアの散文の技巧』(Brian Vicars, The Artistry of Shakespeare's Prose, l968)、あるいはマリオン・トラスデイル『シェイクスピアと修辞学者たち』(Marion Trousdale, Shakespeare and the Rhetoricians, 1982)などがある。そして、古典的修辞学の復興と前後して、まったく新しい言語研究の方法が試みられるようになった。キャロライン・スパージョンによる『シェイクスピアのイメジャリーとそれが語るもの』(
Caroline Spurgeon, Shakespeare's Imagery and What It Tells Us, 1935)がそれで、彼女はいったんは主観的な解釈を抑制して純粋に統計学的手法に従い、シェイクスピア劇の言語的特徴を解明しようとした。これにより得られた成果は多く、作品に頻出する特定の動物などのイメジャリーが明らかにされ、また、それを頼りに作品『トマス・モア』における一部の筆跡("Hand D")がシェイクスピアの手になる可能性の証拠を示したりもした。この方法も後の時代に大きな影響を与え、作品解釈の有力な手がかりを提供してくれている。しかし、スパージョンは統計学に飽きたらず、特定のイメージ(たとえば馬)が好まれるのは作者シェイクスピアの内面に深く関わることと考え、作者の無意識の意図という根拠のない危険な推測の迷路に入り込んでしまった。同様の方法をとったE・A・アームストロングの『シェイクスピアの想像力−−連想と着想の心理学』(E. A. Armstrong, Shakespeare's Imagination: A Study of the Psychology of Association and Inspiration, 1946)も、スパージョンのイメージ群を元にシェイクスピア自身の連想意識を探り、ドイツではヴォルフガング・クレーメンの『シェイクスピアのイメジャリーの発展』(Walfgang Clemen, The Development of Shakespeare's Imagery, 1936; l95l)を見て、ともかくもここに言語によるイメジャリー研究のひとつの時代が作られた。やがて演劇の研究は(当然ながら)上演される劇という大前提を重視するようになり、おのずと言語に対する関心も、舞台の上で役者によって語られるせりふという条件が無視できなくなってゆく。シェイクスピアのことばは、テクストの二次元平面でのみ読まれるものではなく、三次元の世界に立ち上げたときに生じるダイナミズムのなかで理解しなければならない。この立場に基づく言語研究は
60年代から始まり、70年代、80年代と上昇気運のまま長く続き、ヒルダ・ヒューム『シェイクスピアの言語の探求−−戯曲のなかのことばの意味』(Hilda Hulme, Explorations in Shakespeare's Language: Some Problems of Word Meaning in the Dramatic Text, 1962)、マドリン・ドーラン『シェイクスピアの劇的言語』(Madeleine Doran, Shakespeare's Dramatic Language, l976)、ジョン・バクスター『シェイクスピアの詩の文体−−韻文から劇へ』(John Baxter, Shakespeare's Poetic Style: Verse into Drama, l980)、シドニー・ホーマン編『ことばで明かせないシェイクスピア』(Sidney Homan, Shakespeare's More Than Words Can Witness, 1980)、デイヴィッド・ベヴィントン『演技は語る−−シェイクスピアの身振りの言語』(David Bevington, Action is Eloquent: Shakespeare's Language of Gesture, 1984)など、それぞれ視点はさまざまながら枚挙にいとまがない。一方、これまでの研究を踏まえて、シェイクスピアの言語や文体、語法に関する総括的な解説書が出始める。G・L・ブルック『シェイクスピアの言語』(
G. L. Brook, The Language of Shakespeare, 1976)、N・F・ブレイク『シェイクスピアの言語入門』(N. F. Blake, Shakespeare's Language: An Introduction, l983)など。さらに、言語の文学性に着目したものとして、S・S・ハッシィ『シェイクスピアの文学的言語』(S. S. Hussey, The Literary Language of Shakespeare, l982)、シェイクスピア以外まで広い範囲を包括的に扱ったガート・ロンバーグ『ことばの道−−イギリス・ルネサンス文学の言語』(Gert Ronberg, A Way with Words: The Language of English Renaissance Literature, 1992)、そして、劇全体にまで及ぶ比喩から作品を論じたラルフ・ベリー『シェイクスピア的メタファー−−言語と形式の研究』(Ralf Berry, The Shakespearean Metaphor: Studies in Language and Form, 1978)、アン・トンプソン他『シェイクスピア−−意味とメタファー』(Ann and John Thompson, Shakespeare: Meaning and Metaphor, 1987)、ジェーン・ヘドリー『韻文の力−−ルネサンス叙情詩における暗喩と換喩』(Jane Hedley, Power in Verse: Metaphor and Metonymy in the Renaissance, 1988)がある。ここにきてようやく言語研究が創作技術論のマニュアルから脱して、文学性を取り込みながら明瞭な言語学的基盤を得ることになった。また、個別には、シェイクスピアの使用した特殊な言語に関心を寄せるものもあり、E・A・M・コールマン『シェイクスピアにおける猥褻語の演劇的使用法』(
E. A. M. Coleman, The Dramatic Use of Bawdy in Shakespeare, l974)、フランシス・シャーリー『シェイクスピア劇の宣誓と偽誓』(Frances Shirly, Swearing and Perjury in Shakespeare's Plays, l979)などは、これまで研究の対象から隠蔽されていた陰のことばにあえて焦点を合わせている。あるいは、シェイクスピア劇における「沈黙」の有意味性を論じたフィリップ・マクガイア『語らぬことば−−シェイクスピアの開かれた沈黙』(Philip McGuire, Speechless Dialect: Shakespeare's Open Silences, 1985)も興味深い。しかしながら、
80年代および90年代は、上記のようなパフォーマンス批評の隆盛およびポスト構造主義や新歴史主義等の台頭によって、作者とテクストは後退させられ、正攻法的なシェイクスピアの言語研究は鳴りを静めることになる。時代はすべて関係性のなかでとらえることを要求し、作者も作品もテクストも、そして言語も、それ自体において本来的に有する自律性といったものはもはや認可されなくなった。だが、それも見方によれば、このような新しい思潮のなかで、まったく新たな言語研究が可能性を開かれつつあると言えるのかもしれない。たとえば、デリダの影響で書かれたリチャード・ワズオ『ルネサンスにおける言語と意味』(Richard Waswo, Language and Meaning in the Renaissance, 1987)では、ルネサンスの時代、すでに言語は意味との対応を失い、言語は言語との関係を表わすのみという相関的意味論("relational semantics")への移行が見られると論じられている。いわば「記号の戯れ」としてのシェイクスピア劇解釈への道である。この流れのなかから浮かび上がってきたのが、ひとつには、言語行為を手がかりに精神分析批評を再構築しようという試みで、最新のものに、デイヴィッド・ウィルバーンの『詩的意志−−シェイクスピアとことばの劇/遊び』(David Willburn, Poetic Will: Shakespeare and the Play of Language, 1997)がある。舞台の上で登場人物が作る劇("play")という従来の枠組みを離れて、ことばそのものと精緻に向かい合い、その戯れ("play")に静かに耳を傾けることによって、隠蔽されていた欲望("will")を聞き出すというものだ。あるいはまた、やはりシェイクスピア劇のことばの戯れのなかに、ジェンダー、階層、人種といったエリザベス朝の社会構造を解き明かす符牒が見え隠れしているとするパトリシア・パーカーの『周縁からのシェイクスピア−−言語・文化・コンテクスト』(Patricia Parker, Shakespeare from the Margins: Language, Culture, Context, 1996)は、いま、そしてこれからの大きな潮流になるであろう文化研究("Cultural Studies")の一環として、すでに着実な成果を上げている。最後に、シェイクスピアの言語研究の将来を切り開くものとして、コンピュータ利用の可能性にふれておかなければならない。現在はまだ試行錯誤の段階だが、膨大な量のデータを瞬時に解析する能力は、人知の及ばなかった世界まで見せてくれることになるかもしれない。成否の判断は別として、テクストの作者同定を巡る議論から、その好例をひとつだけ挙げておこう。かねてよりドナルド・フォスター(
Donald Foster)は、1612年に刊行された作者不詳の「挽歌」("A Funeral Elegy" by W.S.)が実はシェイクスピアの手になると主張し、その根拠に電子化されたテクスト群を用いていた。同時代の文学作品を網羅したコーパスを縦横に検索し、「挽歌」で使用されている言語の特徴(たとえば "opinion" や "who" などの特殊な使い方)が、まさしくシェイクスピアの(そしてシェイクスピアのみの)それと照応すると言うのだ。照応という概念をどこまで厳密にできるかが問題だが、確かにこのような方法をとれば、OED のページを目で追って数少ない固定的な事例を探し当てるより、言語のダイナミズムの共時的・通時的な実態に迫り得るだろう。さらに、数年前よりフォスターは SHAXICON と称するデータベース(およびプログラム)を作成し、「挽歌」とシェイクスピアの他の作品との、より確かな相関関係を立証しようとしている。その際、重要な鍵になるのは「使用頻度の少ないことば」("rare words")で、フォスターの場合、シェイクスピアの全正典で1回以上12回以下しか現われないことば、約18,000語を基準に選ぶ。基本的な原理として、これらのことばは、シェイクスピアの現役時代を通じてまんべんなく使われたものではなく、ある特定の時期に集中して現われるという事実に注目し、時代を横軸に、頻度を縦軸に、分布グラフを描いてみる。加えて、それらのことばが出現(あるいは再現)する要因として、シェイクスピアが劇を執筆中に見た他の作家の劇、シェイクスピア自身の劇の再演、役者としてシェイクスピアの語ったであろうせりふの部分、といった契機まで考慮してグラフを完成させる。すると、シェイクスピア特有のグラフ曲線は、これまでに判明している歴史的事実を裏づけることになるばかりか、まさに「挽歌」の曲線と合致すると結論を下すのである。フォスターの仮説は、以来、『タイムズ文芸付録』での論争を始めとして、シェイクスピア学者たちのあいだで賛否両論を巻き起こし、いまだ決着がついていない。1997年に揃って刊行された3種の−−デイヴィッド・ベヴィントン編、リヴァーサイド改訂版、ノートン版−−1巻本シェイクスピア全集のすべてに、早くもこの短詩が収録されることになったが、はたしてシェイクスピアの作か否か、真偽のほどは今後の研究にゆだねられている。
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