現代演劇の神話化と私物化
──ベケット時代終焉の後に
加藤行夫
ベケットは死んだ、とひとつの時代の終わりが宣告されようとも、ベケットをめぐる議論はいまだ絶える気配すらない。ことはベケットに限らず、そして演劇というジャンルにも限らず、およそ一時代に歓迎されて脚光を浴びた作品が、そのときの特殊な時代性を越えて(事実上の死にも関わらず)生きながらえてゆくように見えるとき、たどる道は二通りある。演劇の場合は上演のなかで、そうでなくてもさまざまな受容の場で、ないし批評や研究の領域で、このような俗に「現代の古典」と称されるようになる作品群は、二つの相対する宿命のどちらかを(あるいはどちらも)負わなければならない。すなわち、時の経過が幻想とあいまって作家の権威を増幅させ、時代を超越した彼/彼女の才能は極度に神秘化・神格化され、一語一句真理に満ちたその作品が、ひたすら正しい解釈の開示を待つ豊饒な「神話」にまで高められる道。か、あるいは、時が変われば作品解釈も変わり、変わった解釈を「私」が楽しめばよい──いやむしろ、いま、ここ、という個別の時空に生きる「私」の解釈、「私のもの」として転用ないし盗用できる解釈が作品の実体であって、それ以外の隠された普遍的意味などどこにもない、とする立場。この「神話化」(mystification)と「私物化」(appropriation)の両極こそ、まさしくサミュエル・ベケットがその死後に同時に迎えることになった二つの生き方にほかならない。
ラッキーの「踊り」──空白に潜む真意?
最近のベケット研究に見てとれる「神話化」の傾向は、人間ベケットとその作品に対する限りない愛着が信仰の域にまで達し、いわば難解な教義問答のさらに隘路に入り込んでゆく。もとよりことばを極限まで切りつめたベケットであればこそ、たとえば『ゴドーを待ちながら』の「ゴドー」とは何か、といった謎解き的な読みの魅力は確かにあった。しかし、いまやベケット解釈は、明示的・暗示的な記号の意味作用を巡るものでさえなく、何も書かれていない部分の意味まで探るに至る。ラッキーの「踊り」に関する議論はその典型的な一例だろう。
「ゴドー」を待つ二人の浮浪者ヴラジミールとエストラゴンの前に、ポッツオが登場、彼の綱に首を引かれて現われるラッキーは、意味不明の長ぜりふをとうとうとしゃべる(宇宙の創造と終末について語っているらしい)。その直前、ポッツオに「踊れ!」と命じられて、ラッキーは(ト書きによれば)「踊る──やめる」というだけの短い動きをするのだが、ここでラッキーはどのような「踊り」をするのか、という大層な議論があるのだ。これに関する劇中の情報は、「(この踊りを)何と呼ぶか知っとるかね?」とポッツオが問うのに答えて、エストラゴンが「生け贄の苦悩」、ヴラジミールが「便秘」と言い、続けてポッツオが「網だ」と言うだけである。この前者二つの名前の部分がフランス語版、英語版、ドイツ語版で全部異なっているため、かねてよりこの「踊り」について問題にした数少ない評者は、名前を異ならせていること自体に重要な意味があり、その多重言語性によって踊りは人間存在のメタファーとなる、などと(まことしやかな)自説を展開したりしていた(McMillan & Fehsenfeld)。
ともかくもここには一切の手がかりもなく、自作の演出には口うるさかったベケットでさえ、ラッキーの「踊り」については何も言い残していない。その空白がいっそうの深遠さをうかがわせるのか、最近になってまたしても、今度はかなり執拗に「踊り」の意味を追究する論考が著わされた(Zinman)。初演の記録から最新の上演ヴィデオに至るまで、ありとあらゆる『ゴドー』の上演を情熱的に網羅し、考えられる「踊り」の種類をすべて解説つきで列挙し、ラッキーの手の角度から動きの速度まで吟味し、「網」と「踊り」をキーワードにした一六・七世紀のことわざ集をも参照したこの論文に、しかし、結論としての目新しさがあるわけではない。「網のなかで踊る」("to dance in a net")という古いことわざが意味するのは、「見られていないと思いながら、実は見られていること」であり、したがって、ラッキーの「踊り」は、まさに演劇的状況そのものを表わし、ひいてはベケット流の自己言及的グロテスクなさまを示すということになる。また、語るポッツオと行為するラッキーとの役割分担は、「思う」ことと「在る」ことを乖離させたデカルト的懐疑に通じ(「お願いだから、しゃべりながら動くなんてことを同時にさせないでくれ」──『すべて倒れんとする者』)、「網」は囚われた内面を暗示し、それが繰り返されることで累積効果の小宇宙を形成する、等々と続く言い回しもすでに聞き慣れたものだ。無から有を生じさせかねないこの種の議論が読む者を圧倒するとすれば、もはや事実関係の真偽や議論の説得力如何のレベルにおいてではなく、ひとえにその純真無垢なまでのベケット崇拝という事実においてであろう。これの収斂する先は最初から決まっている──ラッキーの「踊り」はわれわれ自身の本来的な存在のありようを象徴し、すなわち「世界は舞台」という認識のもと、人間すべての永遠の真理を表現しているというわけだ。
このことは、裏を返せば、ベケット劇の観客や読者の多くが依然としてベケットにいかに強く普遍的なるものを希求しているかの証左になる。だが、すでに熱から覚めて冷ややかに見る者の眼には、作品内の多くの部分は「意味のなさ」という意味以上の深読みをするには及ばないことに気づいている。かつてこの「踊り」が「ことば以前の原初的な演劇」と評されたこともあったが(Homan)、それに対して異議を唱える前述の評者は、「ことば以後の文明崩壊の芸術」と断ずる。しかし、わずか数秒持続するだけのラッキーの所作に、「ことば以前」か「ことば以後」か読み取れるほどの有意味性があると考えること自体、大いなる幻想というものだろう。われわれは、むしろこの一事をもって、かくも堅固な「神話化」のかたちを思い知らなければならない。
ベケット劇を改竄するベケット──本当の作品?
このような過大な思い入れとあいまって「神話化」を助長するのは、いまだ根強い「正典」(canon)という観念だろう。作家の洞察した真理を伝えるテキストはただひとつしかないはずという前提が、「正しいテキスト」の存在を信じさせ、複数のなかから選ぶ、ないし作ることに腐心させる。近年このことがあらためて問題化されたのは、ベケットの最初の小説『並みには勝る女たちの夢』(Dream of Fair to Middling Women, 1932)が刊行されるにあたり、英米で異なる二つのテキストが出版されたことに端を発する。そのテキストの編者をはじめとする評者たちの議論が、しばし『タイムズ文芸付録』の誌面を沸かせた次第だが、テキストの乱れを嘆く側の見解は端的にこう表現される──「出版社が出したのは、きれいなテキストどころか、正典の誤読、誤解、曲解である。かくもいい加減な編集によって犠牲になっているのは、何よりサミュエル・ベケットの作品なのだ」(一九九四年一月七日号)(傍点筆者)。
実際、確かにベケットの作品は(他の作品にもよくあるように)出版過程での不注意なミスやさまざまな種類の異同に満ちている。代表作の『ゴドー』にしてからが、一九五四年にアメリカで出版された二年後、イギリスの出版社が卑猥な表現を削除して刊行し、同社はその数年後に「ベケット氏認定の決定版」と銘打って再改訂したが、やはりもとのアメリカ版とは多くの点で異なるものだった。さらに不可解なことに、ベケット八〇歳を記念して一九八六年に作られた全劇作品の一冊本には、卑猥箇所削除の一九五六年版に戻ったものが再録されている。
加えて、ベケットの場合、生存中にみずから自作の演出を手がけ、その過程のなかで次々と作品を修正していったという経緯がある。『ゴドー』初演から三〇年以上にもわたって、徐々に深く舞台上演の現実に関わるようになったベケットは、常に自作に満足できず、改訂作業を完結させることがなかった。『ゴドー』の「決定版」刊行後、少なくとも二度手を入れている作者は、「私は『ゴドー』を書いた当初、演劇について何も知らなかった」と告白する(Gontarski, "Editing Beckett", p.194)。知らなかったからこそあれだけのものが書けたと言うべきか、知った後の改訂こそベケットの表現にとって必然だったと言うべきか。しかし、考えてみれば、この絶えざる改訂は、ベケットの「神話化」をベケット自身が無化している行為と言えなくもない。終わることなく再生産され続ける複数のテキストを前に、どれが正典かという議論は無意味だろう。いまや自明のことだが、文学作品は決して完成されることがない──「それは他者に依存する無制限なもので、読まれたとき、演じられたときのみ、完成の装いを見せるが、その読み(上演)は、さまざまあり得る読みの、つまり複数のテキストの、たったひとつにすぎない」(Blanchot)。ベケットは、このテキストの複数性を創作者の側から実践したのだ。
正典など存在しないし、唯一の正しい読みなど存在しない。テキストは無限に増殖し、解釈はどこまでも開かれている──というしたり顔のテーゼには、しかしまた、たちまちお決まりのアポリアが襲ってくる。無限に? どこまでも? 誰がどう読んでもかまわない? 明らかな誤読でも? この問いに対するひとつの(暫定的な)回答が、ベケットの場合は、現在刊行中の「創作ノート」(Theatrical
Notebooks)だと言われている。これはベケット自身による修正の集注版とも称されるべきもので、テキストの最終決定版という理念を捨て去り、創作のプロセスそのものを出来る限り忠実に写し取った記録である。これによってテキストの複数性自体がそっくりそのままテキスト化でき、作品を動態としてとらえるポストモダンの思潮にもかなうことになる。しかしながら、その前提に、「ベケット作品の最も熟達した読者はベケットである」(Gontarski,
pp.
110-111)という「読者の階層化」がある以上、アポリアは解決されないだろう。ベケット作品の複数性を背後で統一しているのは作家ベケットの天才であるという思いをぬぐい去れないうちは、やはり「作家/権威」(author-ity)という、依然として重い「神話」の呪縛に絡め取られていることになる。
ポストコロニアル・ベケット──謎解きの正解?
ベケット作品に充満する沈黙から永遠の真理を読みとろうとする「普遍化」の傾向とあいまって、同じ沈黙を観客の置かれた現実に向かって開かれたものとして、時の政治思想に対する特定のメッセージとして、つまり「地域化」しようとするもうひとつの傾向がある。一九八二年に初演された『カタストロフィ』には「ヴァーツラフ・ハヴェルのために」という献辞が添えられ、反体制分子として監禁されていたこのチェコの劇作家の名前が解釈の「地域化」を決定づける。「芸術家連盟」という組織から依嘱されてこれを書いたベケットにとって、共産主義は、人間に夢を与えつつ堕落させた悪魔であり、自由と芸術的才能とを抑圧する不当な権力にほかならなかった(Libera)。東欧という「地域」における共産主義の特殊な位置を前提にしなければ、この劇の成立事情が正しく理解できないわけだ。だが、政治的な読みはこれにとどまらない。
主な登場人物は、「演出家」、「演出助手」(女性)、そして「主人公」──舞台中央に身動きせずに立つ「主人公」を前にして、「助手」に対する「演出家」の寡黙で気まぐれな指示が居丈高に繰り返されるというだけの短い一幕劇(最後に「主人公」が、頭を上げ、観客を見すえる)。語る「演出家」、沈黙する「主人公」という構図はポッツオとラッキーのものだが、ここにさりげなく書き込まれたいくつかの記号が読みの可能性を広げる。まず、「主人公」に対する「演出家」の支配関係(そして、支配される者の将来的勝利の暗示)、「演出家」の言うことをひたすら書き留めるだけの「助手」、つまり男性に対する女性の従属(しかし、表現行為を剥奪されてきた女性がことばを書くということで揺るがされる男性主体の制度)、「演出家」が「主人公」の身体に「もっと白くしろ」と命ずることであらわにされる有色人種の文化に対する白人の介入(および、結果的に見えてくる脱白人化された周縁の世界)、等々(O'Brien)。なおも細部にわたってこの劇から人種的イデオロギーを読みとる試みがなされ得る。黒いガウン(その下は灰色のパジャマ)で身を包み、黒い帽子で顔を隠している「主人公」に、しゃべらないようにと「助手」が猿ぐつわをかませようとする。有色で劣等なものを見えなくし、語らせないというこの処遇は、まさに植民地主義のものであり、また、最後に顔を上げることで主体性を主張する「主人公」の「異なる秩序の権威」こそ、帝国主義的イデオロギーから解き放たれるためのポストコロニアルなイデオロギーが築き上げようとしているものということになる(堀、六三頁)。
この劇は、さらに、「正典」の観念をも凌駕して自由に扱われ、イスラエルではパレスチナ問題とからめて人種間の葛藤を表わすべく演じられたことが報告されている。まず、ナチスに迫害されたユダヤ人として「主人公」が登場し、次に、アラブ人が「主人公」になり、ユダヤ人は抑圧する側にまわる。被抑圧者が抑圧者に変貌する「地域」ならではの演出という次第だ(一九九二年、ハーグで開催されたベケット・シンポジウムにて言及。堀、六三ー四頁)。このような開かれた解釈は、確かに読みのひとつの重要な可能性としてあるのは事実だ。しかし、かくも限定された特殊な「地域化」の営為にも何か釈然としないものが残る。演出とは、たとえてみれば、劇作家の描いたデッサンに色彩をつけるようなもので、ときとして、もとの下絵を越えてまで自在に色が塗られてゆくこともある。色を塗られない無地の劇などあり得ないにしても、沈黙が支配するベケット劇の場合、だが、その本来の無地性が逆に利用されやすいということはないだろうか。特定のイデオロギーを持った演出家や観客にとって、下絵は単純であればあるほど好都合で、ベケット劇の正解なき判じ物といった要素は、その高い象徴性ゆえに、時代と地域が要求するひとつの回答のためにかえって「私物化」されやすいのではないか。その場合、ベケット劇は、やはり謎解きとして、ただし今度は、観客が答を自由に書き込んで良い、あるいは観客好みの答がすでに書き込まれている安直な謎解きの劇に堕してしまう。意味決定がなされる以前の、可能性としての豊かな表現性、ないし意味決定から遊離した過剰な表現性(Nealon)にこそベケット劇の意義があったのかもしれないのに、である。
真に開かれたテクスト──絶えざる相対化を
もちろん、ベケット自身が考えてもいなかった特殊な状況がうまく引き出されて成功した例はあり、同じくイスラエルで上演された『ゴドー』が、説得力ある政治的な新解釈を提示したとして報告されている(Haifa Municipal Theatre 一九九四年)。この公演では、エストラゴンとウラジミールがパレスチナ人によってアラブ語で演じられ、ポッツオとラッキーはユダヤ人によって(ポッツオはヘブライ語、ラッキーはアラブ語で)演じられた。「俺たちは権利を失ったのか」というエストラゴンのせりふや、「俺の土地でやつを待つのか」というポッツオのせりふなどは、現実に自分たちの土地を追われたパレスチナ人の悲哀として聞こえてくる。また、目が見えなくなったポッツオと口がきけなくなったラッキーが倒れて助けを求めると、エストラゴンとウラジミールが二人を助ける。民族同士がお互いに葛藤と共存の関係におかれているイスラエルの現状を見事に表わすことになったという(Ronen, pp. 239-249. 堀、六〇頁)。
しかし、このように政治性を内面化した成功例はおそらくまれで、多くは類型的なポストコロニアリズムの平板な「絵解き」に終わっているように思われる。エストラゴンとヴラジミールの置かれた場所を、たとえば中東に設定し、ポッツオとラッキーはそこを通過するイギリス人とアメリカ人、という搾取の構図をねらった演出もあるが、せいぜいが衣装と小道具で人種を区分けしただけの失敗作であったらしい(Lyric Studio 一九九四年)。そして、わが国では、蜷川幸雄演出の『ゴドー』(セゾン劇場、一九九四年)が、原作に沿った男優だけの配役と女優だけの配役との交互上演で評判になった。しかし、社会から排除されてきた(そして、ベケット自身が『ゴドー』の配役としてかたくなに排除してきた)女性が演ずることで露呈される何ものかがあるようにはどうしても見えず、いっそう脈絡のない人物配置に劇の焦点はぼけるばかりであった。
「普遍化」への願望には「神話化」という陥穽が待ち受け、対する「地域化」への希求は「私物化」の危険と裏腹の関係にある。文学作品における永遠の真理など信じなくても、いまとここの解釈に引きつけるあまり、ただの独りよがりに終わってしまう。「神話化」からの反動の勢いか、振り返って見れば、この十年、何らかの政治的・民族的イデオロギーの装いをもっともらしくまとった上演がいかに多いことか。とりわけ、誰でも知る古典作品から誰も知らなかった新たな解釈を発掘したと標榜する「私物化」が。
同じ蜷川演出による『オイディプス王』(一九八六年)は、東京の築地本願寺境内を舞台に、しかし物語は江戸時代の京都四条河原という設定、黒衣に囲まれて登場するオイディプスは歌舞伎の隈取りまがいの厚化粧、いかにも日本の民族衣装という感じを強調したばかりの、そのじつ国籍不明・時代不明のけばけばしさ、対するイオカステは外国語(ギリシア語?)をしゃべる異人という終始一貫節操のなさ。演劇の国イギリスでもこの傾向は顕著で、男女二名づつのアジア系の役者がおどろおどろしく繰り広げた『オイディプス王』は、インドの民族衣装をまとい、いかにも大仰な身ぶりと大げさな表情で叫び廻るのだが、そうすることの意味も必然性もまったく感じられないのだ。前評判では、オイディプスの異人性を強調しているとあったが、それは最後に「異邦人、オイディプス!」("Stranger Oedipus!")と叫ぶだけのことで、つまりは異国性(とりわけオリエンタリズム)の悪しき安売りをしているにすぎない(Tara Arts 一九九一年)。
ベケットを中心に現代演劇の両極を──そのどちらにも潜む虚偽性を──見てきたが、ならば、われわれはどうすべきなのか。確かなことは、もう普遍性の幻想には戻れないということ、そして、文学(演劇)はもはや時と場所から隔絶された特権的な言語活動たり得ないということ、であろう。わけてもイデオロギー伝達として直截な効果を持つ演劇であってみれば、この現代、ポストコロニアリズムの恰好の舞台として使われるのも納得できないことではない。しかし、すでに見たように、単一のイデオロギーへの従属を決定させた途端に、作品は急速にその豊饒な魅力をやせ細らせるという事実もわれわれは知っている。ある時いかに人の心を打つ解釈であっても、それはひとつの時代のひとつの解釈にすぎない、限りなく開かれた作品理解のひとつのかたちにすぎない、という覚めた眼があっても良いのではないか。「神話化」と「私物化」の両極を揺れ動く解釈の振り子の、その振幅の距離を測る相対化の視点が常に必要なのではないか。
参考文献
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