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筑波大学人文社会科学研究科文芸・言語領域専攻アメリカ文学領域

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知識のコズモロジーCosmology of knowledge

知識のコズモロジーとは

施設写真

〈知識のコズモロジー〉、
あるいは〈わかる〉とはどういうことか
 

●はじまり
 筑波大学アメリカ文学会は、1999年から〈知識の枠組み(Epistemological Framework)〉という概念を導入して研究を行ってきた。人間が現実を認識するとき、あるいはその認識を体系化して〈知識〉とするとき、なんらかの法則や仕分けの基準が必要になる。この法則や基準が〈知識の枠組み〉であり、〈知識〉がどのように構築され受容され破壊され再編されてきたかを問うことが、〈知識の枠組み〉プロジェクトの基本姿勢であった。

たとえば、1609年にガリレオ・ガリレイが月面に望遠鏡を向けたとき、あるいは1859年にチャールズ・ダーウィン『種の起源』が発表されたとき、それまでの〈知識の枠組み〉は変換を要求されることとなった。これらの事例は、しかし、単に科学上の発見にはとどまらない。その発見へ至る契機(レンズや望遠鏡の発明、産業革命を背景にした「進歩」の時代)も、またその発見がもたらした影響(アリストテレス宇宙論の崩壊、神の「意図」否定)も、知識全体を考えるときには忘れてはならないだろう。さらには、現在の経済危機も、たとえば18世紀末に登場した交換可能な部品による大量生産とその消費者の創出、また販路拡大のための宣伝という図式が崩れていると考えることも可能である。

世界的に見ても、現在、学問が変革の時期を迎えていることには間違いがない。この変革期にあたって、いわゆる学際研究があげてきた成果を否定するつもりはないが、それがこれまで専門化され細分化された学問領域を前提としてしか成立しないものであることも忘れてはならないだろう。いま必要なのは、むしろ、その専門化され細分化された学問領域じたいの成り立ちを問い直し、これからの学問領域を開拓していくことである。変革期はまた、新しい学問の枠組みが構築される時期でもある。この意味で、今までの知識史を振り返るための〈知識の枠組み〉という概念はきわめて有効であった。

〈知識の枠組み〉から〈知識のコズモロジー〉へ

こうして、〈知識の枠組み〉を意識した超域的な研究のなかで、その〈枠組み〉概念を使って、諸々の学問領域の俯瞰図・全体像を描こうとするのが〈知識のコズモロジー〉プロジェクトである。それは、(1)〈知識〉によって形成されるコズモロジーを個別に論じるだけでなく、(2)その〈知識〉が構成する知識のコズモロジーの全体像を再構築しようとする。

ここでの「〈知識〉によって形成されるコズモロジー」とは、現実や自然現象界を認識し理解するために必要な〈枠組み〉によって、〈知識〉がいかに構築されるかを考察するものである。たとえば、古くは占星術や錬金術、現代ではコンピュータやインターネットによって、人間の世界観・宇宙観(コズモロジー)は規定され変質されてきた。文学の生産や受容も、このような知識の枠組みと無縁ではありえない。世界の中での、宇宙のなかでの人間の位置という〈知識〉にかかわるものだからである。そこで、本研究の個別コズモロジーでは、文学をほかの分野(たとえば科学・哲学・芸術)と同様に〈知識〉の一形態ととらえ、その〈知識〉を可能にした〈枠組み〉のなかでコズモロジーを論じる。したがって、一般的に不問とされている学問分野の独自性(たとえば「文学」対「科学」)に疑義を唱え、〈知識〉全体を対象とする〈枠組み〉のなかでの流動性とダイナミズムを重視するのが、本研究第一の目的となる。

一方、「〈知識〉が構成するコズモロジー」とは、いわば個別コズモロジーの俯瞰図とも言うべきもので、学問知識分野同士の相関関係や知識全体の概観を考察し提示するものである。たとえば、知識が知識として成立するためには、ある事象を〈わかる(intelligible)〉ように説明する必要がある。この〈わかる〉必然性は、科学にとどまらない。歴史を編纂するとき、因果関係を論証するとき、少なくとも現代の学問では、暗黙の了解とされている。この〈わかる〉という概念を基軸にして、学問全体の見取図(たとえば「文学」と「科学」の立ち位置)を描くことにより、〈知識〉から立ち現れる世界観・宇宙観の俯瞰図、すなわちコズモロジーという〈知識〉の全体を統括する世界観・宇宙観あるいは統合的コズモロジーを構築するのが、本研究第二の目的である。

〈わかる〉の再構築、あるいは〈解釈〉の復権

 ピーター・ディア(コーネル大学、科学史)によれば、数量処理による観察・測定・実験の〈科学的〉方法論は、特定時期に特定地域で生まれた〈解釈〉のひとつにすぎない。天体の動きを説明するのに地動説が有効であるのと同様に、実際の船舶航海では天動説がむしろ有効である。あるいは、ハイゼンベルグの不確定性原理をとりあげてもいいだろう。量子力学では、粒子と派動の二重性が容認されている。ここでも問題は〈解釈〉なのである。そして、数量処理もまた、それをどう〈読む〉かという問題と無関係ではありえない。

 たしかに、コンピュータやインターネットは情報処理の数量と速度を飛躍的に発展させた。けれども、いまや情報の量や速さによってのみ勝負する時代ではないだろう。氾濫する情報の取捨選択基準は検索数の多さであってはならないし、事実の単なる羅列を〈知識〉ととりちがえてはならない。むしろ、情報をいかに〈読み〉いかに〈解釈〉するかが問われている。

 いうまでもなく、〈解釈〉は唯一無二・不変不動のものではない。それは、疑問点の発見とその解決に向けての再解釈を繰り返すことによって、常に調整され視座を広げていくものである。〈解釈〉に必要不可欠なのは、ダイナミズムとフレクシビリティ、すなわち多様性を許容する動的思考である。

〈知識のコズモロジー〉がいわゆる〈文科系〉から提唱されるのは、ひとつの事象にいくつもの解釈が成り立つという認識を共有しているからである。〈わかる〉とはどういうことなのか、〈わかる〉ためにはどんな枠組みが必要なのか、〈わかる〉が持つ多様性を調整し合意形成に至るにはどうしたらいいのか――このような疑問に対処するために、ここにあらためて〈解釈〉の復権を提案しよう。けれども、解釈〉はこと文科系に限ったことではない。たとえば、ひとつの症例から様々な診療の可能性を検討する医学や薬学にも、ひとつの判例から様々な法的措置を講じる法学や行政にも、健康や寿命の問題に携わるライフ・デザインにも、数値と実践のすり合わせを必要とする実地デザインや工業デザインにも、〈解釈〉は大きくかかわっている。


これまで活動内容

機器写真

(1)第1回研究会 「遡るデザイン−過去を復元する」 
58日(会場:ヴィジョンセンター秋葉原)
【第1部】パネル・ディスカッション
発表1:「古代エジプトのデザイン−ヘンリー・デヴィッド・ソローとワシントン・モニュントをめぐって」山口敬雄(東京福祉大学・講師)
発表2:「『妖精の女王』における中国という「往古」:17世紀末イングランドにおける「起源」の探究」松田幸子(筑波大学外国語センター・準研究員)
コメンテータ:山中美知(聖徳大学非常勤講師)・橋本順光(大阪大学文学研究科)
【第2部】読書討論会:三中信宏『分類思考の世界』『系統樹思考の世界』
討論者:横山幹子(筑波大学図書館情報メディア研究科)、三中信宏(独立行政法人農業環境技術研究所)、鷲津浩子(筑波大学人文社会科学研究科)


(2)第2回研究会「未来の樹――明日をよめるか?」 711日(会場:秋葉原ネット・カンファレンス)
【第1部】パネル・ディスカッション
発表1:「サステイナビリティ学における未来の位置づけ」木村武史(筑波大学人文社会科学研究科 哲学・思想専攻:宗教学)発表2:「利用可能な未来」三添篤郎(筑波大学博士課程・人文社会科学研究科 文芸・言語専攻:アメリカ文学)
コメンテータ:田中二郎(筑波大学システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻)
【第
2部】読書討論会:デイヴィッド・オレル『明日をどこまで計算できるか?』
討論者:山崎朱音(筑波大学博士課程・人間総合科学研究科 コーチング学専攻:舞踊研究)、赤松勝之(筑波大学博士課程・システム情報工学研究科 地震防災/構造動力学研究室)、尾将幸 (東洋大学ライフデザイン学部健康スポーツ学科)

(3)第3回研究会「知覚する/される身体――〈感じる〉のトランスレーション」 
103日(会場:秋葉原ネット・カンファレンス)
発表1:「出来事としてのWriting Desk―Henry David ThoreauWaldenにおける「書くこと」と感覚」杉本裕代(東京都市大学知識工学部・アメリカ文学)
発表2:「身体感覚のデザイン椅子と造形をめぐる太古的自然性について」矢田部英正(武蔵野身体研究所・体育学)
発表3:「音色とは何か」をめぐって意識と定義の変遷 寺澤洋子(筑波大学TARAセンター・音響学)
コメンテータ:五十嵐浩也(筑波大学人間総合研究・工業デザイン)

(4)第4回研究会「日常をデザインする――技術をめぐる知的営為」  1128日(会場:秋葉原ネット・カンファレンス)
発表1:「『未来の住宅』のデザインをめぐって――1920年代のチェコから」森下嘉之(筑波大学非常勤職員:歴史学・東欧近現代史)
発表2:「聞くことの転換――ルッソロの騒音芸術における知覚と技術の問題」山下尚一(筑波大学:哲学・美学)
発表3:「家というダイナミクス――マレーシアの低価格住宅の事例から」櫻田涼子(筑波大学/京都大学非常勤職員:文化人類学・華人研究)
コメンテータ:岡山理香(東京都市大学:建築・デザイン史) 

5)第5回研究会35日〜6日(会場:筑波大学) 
 【第1部】〈デザイン〉による/よらない〈わかる〉
鷲津浩子(筑波大学人文社会科学研究科・教授):「天上のデザイン」
山下尚一(筑波大学・非常勤講師):「ジョルジュ・カンギレムにおける生命と概念の関係について」
中川智視(武蔵野美術大学・非常勤講師):「プレモダニズムの科学思考:ラフカディオ・ハーンの日本美術理解を中心に」
千葉洋平(筑波大学DC):「革命のデザインとその余剰」 

【第
2部】〈デザイン〉のデザイン
五十嵐浩也(筑波大学人間総合科学研究科・准教授):「METADESIGN
岡山理香(東京都市大学・准教授):「建築のデザインをめぐって 私たちは、どのようにデザインという言葉を使っているのか?」 
矢田部英正(武蔵野身体研究所主宰):「「坐」と「座」のデザイン〜日本家屋における身体と空間の連続性について」
山口惠里子(筑波大学・准教授):「家具の中世主義とジャポニズム――19世紀英国の家具デザイン」


【第
3部】ライフデザイン
清水諭(筑波大学人間総合科学研究科・教授):「生きている身体をどのように捉えるか:問題提起」
高尾将幸(東洋大学・助教):「健康・医療政策と身体の政治」
久木元真吾(公益財団法人家計経済研究所・次席研究員):「生命保険の意味論的分析」
塚原東吾(神戸大学・教授):「大脳中心主義のデザイン:ライフデザイン・バイオシステムにおける認知・指令系の中心性という神話の由来と変遷、そしてデヴィッド・ノーブルの『アメリカ・バイ・デザイン』について」

【クロージング・ノート】山口善成(県立高知女子大学・准教授)


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