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筑波イギリス文学会

31/08/2007

◆平成19年度例会報告◆

去る8月31日(金) 午後1時より、筑波大学人文社会学系棟にて本年度の例会が開催され、4名による口頭発表がありました。発表者自身による要旨は以下の通りです。

 

 

『マクベス』における予言とマクベスの "man"

佐藤千尋 (筑波大学大学院修士課程)

コメンテーター 吉原ゆかり (筑波大学)

 

 シェイクスピアのMacbeth (1606) の4幕1場において、魔女が主人公マクベスに見せるバンクォーと8人の王の行列 (黙劇) は、スコットランドの王位継承の予言であり、この劇初演当時イングランド国王に即位して間もないジェイムズ1世へと続くスチュアート王朝の繁栄を讃えるものである。

 本論では、Macbethの物語内のこの予言とその光景を目にするマクベスとの関係に焦点を当てた。まず、この黙劇中のバンクォーの登場がマクベスに及ぼす影響を分析するため、既に3幕4場の宴で登場したバンクォーの亡霊に注目し、マクベスが殺せないその実体なきものの登場が、殺人によって証明されるマクベスの「男」("man") らしさの限界として、彼の「人間」("man") としての姿を露呈する点を指摘した。また、4幕1場でこの黙劇が繰り出される直前のマクベスの台詞の、人間としての「自然死」の保障に対する喜びに注目した。そして最後に、この黙劇中の王の実体なき王冠の永遠性と、子孫を持たず命に限りのある人間マクベスの王冠の有限性との対照に注目し、さらにマクダフ妻子殺害という、マクベスの「男」("man") らしさを証明する行為が彼の王冠を不毛にしていることを指摘した。

 

 

スモレットの『ロデリック・ランダムの冒険』におけるエール、ビールとジン――田舎と都会――

柄澤佳乃子 (筑波大学大学院修士課程)

コメンテーター 末廣 幹 (専修大学)

 

 スモレットが『ロデリック・ランダムの冒険』を執筆した時代は、ジン狂いの真っ只中にあった。ジン狂いはホガースの手によって、『ビール街』と『ジン横丁』の善悪の対比として諷刺画に描かれているが、彼の同時代人であるスモレットも、この小説の中でエール、ビールとジンを登場させている。

 この小説の第十三章には、ビールと、堕落のイメージを持たないジンが登場する。両者は同じ空間に、善悪の対立としてではなく、どちらも節約生活者のための安い飲み物として登場している。

 ホガースとスモレットの違いは、各作品の姿勢の違いによる。前者の立場が民衆の様子を見下ろし国家の行く先を憂えるものであったのに対し、後者の立場はスコットランド人として底辺から社会を見渡すものであった。この場面に表れているスモレットの姿勢は、庶民の暮らしを彼らと同じ目線で見渡し、節約生活者のひと時の幸福に共感を示すものであると考えることができる。

 

 

居心地の悪い家――Desire under the Elmsにおける「不気味なもの」

清水純子 (筑波大学大学院博士課程)

 

 Eugene O'NeillのDesire under the Elms『楡の木陰の欲望』(1924) の「楡の木」が虐げられた母性の象徴である一方、「石の壁」は威嚇し、抑圧する父性の象徴である。石の壁のようにかたく、頑固で、不敵で不屈の父権制の「囚人」であった母性は、死後も怨霊となってこの家にとりつき、若くて美しい新しい母の肉体を得て、この家に巣くう父権主義への復讐にのりだす。Freudが提唱する不安や恐怖をひきおこす「不気味なもの」は、家父長に酷使されて、殺されていった妻たちの怨念がとりつくCabot家の「家」にみられる。

 長年住み慣れたはずの家であるにもかかわらず、くつろげない、安心できない、という意味において「不気味な」Cabotの家の「暗闇の中で、隅っこで、こそこそ動いているなにか」とは、この家にしみついている物欲と愛欲に由来する怨念である。本論は、父性の奉じるピューリタンの神に対して、アニミズムに共鳴する母性が、いかに復讐していくかを、Freudの「不気味なもの」、ユング派のErich NeumannのThe Great Motherの概念に基づいて、追跡しようとする試みである。

 

 

親密圏再考――Carnal Knowledge and Imperial Power: Race and the Intimate in Colonial Ruleについて

齋藤 一 (筑波大学)

 ストーラーの前著Race and the Education of Desire: Foucault's History of Sexuality and the Colonial Order of Things (1995) は、まさにタイトルそのままの本であり、そしてその事に意味があった。本書は前著よりも自己言及的であるところが読みどころであろう。自らの出自とも無縁ではない植民地 (現在のインドネシア) の過去と、研究を通じてintimateな関係を結ぼうとすることと、そのintimacyあるいは研究者の傲慢への反省である。ただし、ストーラーはただ単に反省しているというアピールをするだけではない。例えば、第7章の冒頭で論旨を述べる「私」(ストーラー)はやがて背景に退き、「私」とインフォーマントとのすれ違いを率直に指摘する「私たち」(この章のみの共著者ストラッサーとストーラー)が出現する。いわゆるよい文章ではないが、批評的「反省」を形にしたという意味において、注目に値する。

 

◆総会報告◆ 

8月31日の例会では本学会の総会も開催されました。まず、会計より平成18年度会計報告があり、監査の後、承認されました。また、平成19年度新役員の選定を行いました。新役員は以下のとおりです。

 

総務:佐藤千尋 齋藤一

会計:柄澤佳乃子

通信:加藤行夫、柄澤佳乃子、佐藤千尋、高瀬麻帆

編集:加藤行夫、佐野隆弥、末廣幹、木下誠、齋藤一

清水純子、佐藤千尋、高瀬麻帆

(敬称略)

 

◆「筑波イギリス文学会メーリングリスト」について◆

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◆会費納入のお願い◆

今年度の会費納入をお願い致します。年会費は4,000円です。会の円滑な運営や機関誌の存続のためにも何卒お納め下さいますようお願い致します。郵便振替(00310-4-43883) にてご送金下さい。 

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