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筑波イギリス文学会

30/08/2004

◆平成16年度例会報告◆

 

 

去る8月30日 (月) 午後2時より、筑波大学人文社会学系棟にて本年度の例会が開催され、清野、新名の二氏による口頭発表がありました。発表者自身による要旨は以下の通りです。

 

 

〈家庭〉から〈国家〉へ―― E. GaskellのMary Barton, North and South における "domestic comfort" の持つ意味

 

発表者      清野 貴子 (筑波大学大学院)

コメンテーター 成蹊大学助教授 村山 敏勝氏

 

E. GaskellのMary BartonとNorth and Southの二つの作品と、19世紀半ばのイングランドにおける社会問題 (工場労働とそれにかかわる労働者階級の生活状態とモラルへの (悪) 影響) との関係を、作品内で強調される "domestic comfort" (家庭における安らぎ) に注目しながら考察した。当時イングランドの知識階級の中では 「"domestic happiness" が "social virtue" につながる」 といった、家族が国家の最小単位であるといった考え方が現れており、工場労働者の家庭の堕落は、社会的なモラルの堕落と結び付けられ、懸念されていた。この家庭の堕落は、特に女性の工場労働に帰結され、女性の労働は、"domestic comfort" の達成を阻み、男性の飲酒やストライキといった「堕落」の原因と考えられていた。上記のような現象は、Gaskellの作品にもたち現れている。たとえば、Mary Barton において、Maryの家庭外での労働とそれに起因する "domestic comfort" の欠如は、John Bartonを活発な組合員(チャーティスト)にし、アヘンの常用、ストライキを経て、工場主の息子であるHarry Carsonの殺害という一連の 「堕落」 へと導く。同じくNorth and Southの労働者階級男性Higginsも、同じ仕掛けによって家庭を顧みずパブへ入り浸りになる。こういった 「堕落」は、暖炉、明かり、閉まったカーテンなどの、"domestic comfort" を象徴するものが消えていくのとともに語られている。これらの分析をふまえて、Gaskellの二つの作品を、"domestic comfort" の存在と重要性を認識するという物語であると位置づけた。さらに、Mary Bartonのラストで表出する 「移住」 の問題に注目し、当時の移住政策と "domestic comfort" の関係から、〈家庭〉 という "domestic" から、〈イギリスという帝国〉 の国内を意味する "domestic" への 「意味のスライド」 の可能性を指摘し、Gaskellの二つの作品における "domestic comfort" が内包する、当時のイングランドにおける社会問題への関心および植民地移住などの政策といった、政治的な意図を提示した。

 

モリーはどこから来たのか

―― 19世紀姦通小説と『ユリシーズ』――

 

発表者      新名桂子 (宮崎大学助教授〉

コメンテーター 東京成徳大学専任講師 木下 誠氏

 

『ユリシーズ』 の先行テクストとしては、『オデュッセイア』 が最も有名であるが、そのほかにもジョイスが利用したであろうテクストは無数にある。本発表では、時代とジャンルを限定し、19世紀姦通小説――『ボヴァリー夫人』 (1857)、『アンナ・カレーニナ』 (1878)、『クロイツエル・ソナタ』 (1891)――と 『ユリシーズ』 のインターテクスチュアリティを探った。結論として、第一に、『ユリシーズ』 は、夫、妻、妻の愛人という人物設定を 『クロイツエル・ソナタ』 から借用していると考えられる。第二に、『ボヴァリー夫人』、『アンナ・カレーニナ』、『クロイツエル・ソナタ』 はそれぞれに 『ユリシーズ』 に影響を与えており、『ユリシーズ』 はこれらのパロディと考えられる。第三に、『ユリシーズ』 がこれらのパロディということは、すなわち、モリーの原型がエマ・ボヴァリーであり、アンナ・カレーニナであり、『クロイツエル・ソナタ』 の妻であるということであり、「モリーはどこから来たのか」という問いに対し、「モリーは19世紀姦通小説から来た」 と答えられる。第四に、『ユリシーズ』 はその革新的な小説技法や言語実験、また、大胆な性描写の面で新しいだけでなく、物語そのものに19世紀小説と一線を画する新しさがある。その新しさとは、不貞の妻とその夫という紋切り型の人物設定を利用しながら、妻が最後には愛人よりも夫のほうを好もしいとする、姦通小説からは脱線した夫婦愛の物語になっているということだ。ただし、モリーのより直接的なモデルとしては、ジョイスの妻ノラ、チャールズ・パーネルの愛人キティ・オーシー、さらに 『カンタベリ物語』 のバースの女房やデフォーのモル・フランダーズについても無視することは出来ないので、より正確には 「モリーは19世紀姦通小説からも来た」 というべきで、これらのテクストとの関係については、今後の課題としたい。

 

 

◆ 総会報告

8月30日の例会では本学会の総会も開催されました。まず、会計より平成15年度会計報告があり、監査の後、承認されました。また、平成16度新役員の選定を行いました。新役員は以下のとおりです。

 

総務/会計:木谷厳

通信:加藤行夫、木谷厳

編集:加藤行夫、今泉容子、佐野隆弥、大熊榮、

末廣幹、菱田信彦、村山敏勝、木谷厳 (敬称略)

 

◆ 『筑波イギリス文学』 隔年発行の決定について

また、総会では、資金の問題から毎年発行が困難になっていた雑誌 『筑波イギリス文学』 の 隔年発行 が決定されました。次号は2005年に発行される見込みです。締め切りは2005年11月30日を予定しております。なお次号をもって、本誌は記念すべき第十回目の発行を迎えることとなりました。会員皆様の奮ってのご応募お待ちしております。

 

会費納入のお願い

今年度の会費納入をお願い致します。年会費は4000円です。会の円滑な運営や機関誌の存続のためにも何卒お納め下さいますようお願い致します。郵便振替(00310-4-43883)にてご送金下さい。

 

 

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文芸・言語学系イギリス文学研究室内


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