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筑波イギリス文学会
14/09/2001
◆平成13年度例会報告◆ 去る8月31日(金)午後2時より、筑波大学人文社会学系棟にて本年度の例会が開催され、齋藤、新名の二氏による口頭発表がありました。発表者自身による要旨は以下の通りです。 ◆要旨◆ スティーブンスンの読まれ方 晩年、サモア島における西欧列強の植民地主義を糾弾したロバート・ルイス・スティーブンスンを主人公とした実録風小説、中島敦『光と風と夢』は、1942年5月の発表当時、雑誌『文学界』の編集委員だった河上徹太郎の言葉を借りれば、「時局的」な作品として受け取られた。西欧人スティーブンスンが西欧植民地主義を批判する場面が多いこの作品は、西欧人自らが西欧文明や西欧植民地主義を批判している文章を積極的に紹介しつつ日本植民地主義を肯定するという当時の外国文学受容戦略に合致していたからである。しかしながら、例えば芥川賞選考委員だった久米正雄はこの作品を「いゝのか悪いのか分からない」と判断し、当時学生だった安岡章太郎は「何となく富時のジャーナリズムが軍部その他の意向をおそれて敬遠しさうなといふ氣配は、作品の何處からともなく感じられた」と証言している事実は興味深い。約言すれば、この作品は、「時局的」な外国文学受容の一部分であると同時に「反時局性」の可能性も孕んでいたのである。これは戦時下における外国文学受容のクリティカルな実践例として評価すべきであろう。 『ユリシーズ』と産児制限運動 『ユリシーズ』において、ブルームはしばしば他人の家庭の子供の数に思いを馳せる。彼の意識に共通するのは、経済的に余裕があるわけではないのに子供が多いという状況に対して、それが妻にとって重荷であり気の毒だという論理である。この論理は、19世紀末の欧米社会に流通していた人口抑制論の新マルサス主義や20世紀初頭の産児制限運動の言説の論理と重なっている。ブルームは産児制限の言説を意識にとりこんでいるのである。産児制限という観点からみると、ブルームとモリーには男女ふたりの子供しかおらず、しかも息子の方は生後すぐに死んでしまったために、親子3人という産児制限運動の理想の小家族を実現しているといえる。確かに、ブルームが息子の死後、子供をもたない最大の原因はこの子が障害児であったことであるらしい。しかし、たとえこの原因がなかったとしても、当時の先端的な思想である産児制限の思想に触れていたブルームが子沢山の家庭をもつことはあまりありそうなことではない。一方、モリーは、産児制限についてそれほど高い意識があるわけではない女性として描かれている。ブルーム主導の産児制限――ブルーム夫妻の夫婦生活を産児制限から読み解くとほぼこのようにまとめられる。 ◆総会報告◆ 8月31日の例会では本学会の総会も開催されました。まず、会計より平成12年度会計報告があり、監査の後、承認されました。また、平成13度新役員の選定を行いました。新役員は以下のとおりです。 総務:真部多真記、黒瀬勝利 ◆『筑波イギリス文学第7号』について◆ 締め切りは10月31日です。現在、4名の方から執筆予定のご連絡を頂いています。年内には会員の皆様にお届けできるよう、編集作業を進めております。 編集担当 黒瀬 katz@lingua.tsukuba.ac.jp ◆会費納入のお願い◆ 今年度の会費納入をお願い致します。年会費は4000円です。会の円滑な運営や機関誌の存続のためにも何卒お納め下さいますようお願い致します。郵便振替(00310-4-43883)にてご送金下さい。
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